「ぁああ″あ″あ″あ″!」

けたたましい喚き声と共にガラスが割れる音と女の人達の声と、足音が聞こえた。
母屋の二階のほうだ。

びっくりしている俺をよそに、遥はいつものことだと言って俺から離れた。
頬にあてがわれていたてのひらが離れると、なんとなく寂しくなった。

足音がだんだん大きくなってくる。
煙を出すために中庭に面している襖は開けていたが、母屋のほうの襖は閉めていたため、何がどんな感じで走ってくるのかは分からなかった。

「姉貴!」

襖が音を立てて開けられた。
端正な顔立ちだけどひどく痩せた俺と同じくらいの青年が、瞳孔がぱっくり開いた目で俺たちを見下ろしている。

紺のラインの入った白いワイシャツに黒いスラックス。
間違いない、この制服は塾の自殺してしまった女子が入りたがっていた、全国でも指折りのエリート高校のものだ。

「あっ、あ……ぁあ姉貴、僕、生きてるよね?」
「えぇ、たもとは生きてるわ。ここに存在しているし、心音も、はっきりと聞こえるわ」
「っだ、だ、だだだだよね、ぼぼぼぼぼ僕……ぃぃ生きてるよね」
「そうよ、たもとはちゃんと生きているわ。死んでなんかない」
「だよね、だよね、だよね。ぼぼぼぼぼく、僕、いいいぃぃ生きてるよね」

ぱっくり開いた瞳孔がさらに拡散していく。
寒気がするほど恐ろしかった。

捲り上げられた袖口から覗く白い腕は下手をすると妹の美由紀以上に細いかもしれない。
目は落ち窪んでいて、栄養失調の子供を思わせる。

「たもと様! 離れに行ってはいけないとあれほど申し上げましたのに!」
「まだ家庭教師の時間ですよ!」
「嫌だぁぁぁ! もうあっちは嫌だぁぁぁ!」

暴れてもあんなガリガリの身体に大した力があるわけがない。
4人ほどの女のお手伝いさんにすぐ押さえつけられて、そのまま腕をひっぱって母屋のほうへと引きずられていった。





「びっくりしたわよね」

熱い緑茶を注いだ湯のみを持っている俺の手はまだ小刻みに震えていた。
痩せこけた顔に埋め込まれていた瞳孔の開いたふたつの目が、まだ鮮明に記憶に残っている。

「今のは私の弟、梶木たもと。あなたと同じ高校一年生よ」
「クスリかなんかやってんのか?」
「情緒不安定なの」
「……あの扱いは酷いんじゃねぇの」

嫌だ嫌だと首を振って泣いて抵抗するたもとを無理やりお手伝いさんが引きずっていく。
あんな痩せこけて、あんな極限にまで追い詰められているのに、あんな痛々しいのに。
どうしてそんなことをするのだろうか。
休ませてやればいいのに。
いまにも死んでしまいそうなのに。

「たもとは小さい頃から梶木家の当主になるように幼い頃からたくさんの躾を受けてきたわ」

遥は緑茶をひとくち飲んだ。

「たもとの話を聞く?」
「……聞く」