焼きそばをその後2玉追加で食べた俺は満たされた胃袋に満足した。

「ごちそうさま。すごく美味かった」
「ありがとう、そう言ってもらえて嬉しいわ」

小さな口で少量ずつ焼きそばを食べる遥の皿にはまだ若干麺が残っていた。
あわてなくていいと念を押して、一通り遥の部屋の観察をした。

日本家屋らしく床は畳。
おばあちゃんの家から引っ張ってきたものだと思わせるブラックチョコレート色の古い本棚。
勉強机は暗い木柄のローテーブルで、すぐ近くに座椅子が置いてある。
部屋の隅には布団が一式。

何畳か数えられないくらい広い部屋なのに、置いてあるのはそれだけだ。
遥の人柄からしてごちゃごちゃしているイメージは無かったのだが、これじゃあまりにも殺風景すぎる。

「物が少ないって、思ってるでしょ」
「うん」

遥は最後の麺を口に含むとお茶を飲み、一息ついてから言った。

「私が死なないためよ」
「えっ……」
「正確には、死のうとしないためね」

屋上に立つ遥の背中が浮かんだ。
蝋のように白い手首に浮かぶ赤い傷口も浮かんだ。
それは愛花姉ちゃんと同じものだ。

「高い建物は無くて、背の届くところに余計な柱もない。お風呂にはシャワーが無いし、離れの中で母屋に1番近い。ガスコンロも無いし、飛び降りようとしてもここは一階」
「……首を吊ることも、溺死することも、一酸化炭素中毒も、飛び降りもしないように、か」

やはり遥の自殺未遂は学校だけではなかったのだ。
食器を出していないのに、さっきから足音がするのは遥の監視役のお手伝いさんだろう。

「聞きたいことがあるんじゃない?」

これとか……と言うと遥は俺の手を掴み、遥自身の包帯越しの左手首に触らせた。
赤黒い血が淡く斑点に滲んでいて、体温の無い感覚は、柔らかくさらさらしたもので包まれていた。

「聞いていいのか」
「いいわよ」
「なんでそんなことするんだ」

遥の瞳は揺らがないし伏せられもしない。俺の目を、ただじっと見ている。

「死が、わからないの」

視界に入った本棚の中、ずらりと並んでいた本を見て驚愕した。
死についての哲学、人は死んだらどうなるのか、ニンゲンの死、死にたいと思うのなら。

「たくさん本を読んだし、たくさん調べたつもりよ。虫や動物の死体もなるべく見たし、周りのひとの死にも触れた」

遥の右手が俺の頬を撫でる。シャンプーの甘い匂いに思わずどきりとした。食卓のローテーブルを超えて遥は俺に迫ってくる。

「わからないの。死ぬことがどういうことなのか。なぜ、死ぬのか。……きっとこのまま私は、死ぬことがどういうことなのか分からないまま、死ぬのでしょうね」
「死を調べて、どうしたいんだよ」

死がそんなに、魅力的か。
のめりこみたくなる程、魅力的か。

「知りたいの。私たちの行き着く場所がどこなのか、知りたいの。なんのために生きるのかはわかったわ。今度はなんのために死ぬのかを、知りたいの」

俺は昔天国と地獄があると教えられてきたが、今考えれば、そんなこと誰が言ったんだろう。バカバカしい。
死んだひとにしか、わからないのに。

「遥は、死にたいのか」
「死にたいわ。……いえ、死んでみたいわ。そうしたら私の苦悩も、消えるでしょうね」

左手首に視線を落とす。
どうしてそんなに知りたいんだろう。

赤い傷口。
白い包帯。

青空。
どこまでも、のびやかで。


「なぁ遥」

お前は一体俺に何を求めてるんだ?