本当は俺自身もどこかで分かっていたのかもしれない。
愛花姉ちゃんは本当に死んでしまっていて、もう二度と会えないこと。

俺が自殺を止めた人は、愛花姉ちゃんじゃなくて、別の人だった。


「騙していたみたいで、ごめんなさい」

愛花姉ちゃんとよく似た顔と雰囲気のその人は俯いて謝罪した。

「誰かに、構ってもらえるって嬉しかったんです。わたし、会社でシカトされてて……」
「あんたこの前も歩道橋で自殺しようとして警察に声かけられてたよね。別に誰にも言わないけど、名前はなに?」
「……勝川恵里です」
「恵里さん、これから自殺する前に誰かに相談しなさい。この……」

急にに腕を引っ張られた。俺より腕っぷしが良いんじゃないだろうか、この妹は。

「頼りなーいお兄ちゃんとかね」

頼りないという表現にムッとしたが、よくよく考えれば当たっている。
今回の件も美由紀がいなかったら俺はずっと恵里さんを愛花姉ちゃんだと勘違いしていたかもしれない。

「まぁまた連絡してあげて。お兄ちゃん歳上好きだし、どうせ電話番号交換してんでしょ?」
「うるせぇぇ!なんで知ってんだよ!?」
「お兄ちゃんのことなんてなんでも分かるんだからね、あと早く貸した千円返してよ」

全国の妹属性好きに声を大にして言いたい。
たぶん大抵の妹に萌え要素は皆無だ。
ちゃっかり借金の取り立てをしてくるコイツとかが良い例だ。

「はい、じゃあお言葉に甘えて。また何かあったら連絡させてもらいます。あの……お名前は?」
「えっ、あ、言ってませんでしたっけ……」
「聞いてませんよー」
「本田翔太っていいます、こっちが妹の美由紀です」
「翔太さんですね。ケーキと紅茶、ごちそうさまでした。今度は社会人として何かご馳走させてください」

にこっと笑った恵里さんは、背を向けると雑踏に埋もれて、見えなくなった。


「帰るか、美由紀」
「帰ろーか、お兄ちゃん」

俺と美由紀は何年かぶりに一緒に家に帰った。
ここのところ、帰りが夜遅くなのは塾で自習をしているかららしい。
今日はたまたま教材を家に忘れて、自習をせずに早めに切り上げたという。

勉強に燃えるのはいいけれど、家族揃って晩飯を食べる時間も大切にしろよと言ったら、はーいと間の抜けた返事をされた。

美由紀の中学校生活についてはあまり聞かなかったが、きっとうまくやっているのだろう。

「なぁ美由紀」
「ん、どーしたの」
「死ぬってどーいうことなのか、分かるか」

愛花姉ちゃんの顔とガリ勉のあの子の顔が浮かぶ。
どっちも俺の中で強く根付いていて、忘れようとしても忘れられない。

「……どしたのお兄ちゃん、気持ち悪い」
「えっ!? 気持ち悪いってそんな……」
「死ぬこととか、わかんないよ。生きてることすらもわかんないのに」

言われてみれば確かにそうだ。

遥も、生きることを模索している最中なのだろうか。
あの手首のためらい傷は、悩み抜いた証なんだろうか。
いやたぶん、彼女自身自問自答して生きているのだろう。

楽観的な俺の脳みそでもこのくらいこんがらがっているのだから、遥の脳みそはとんでもなく混沌としているに違いない。


その日の晩御飯は焼き鳥が出た。
遥の持論により、このニワトリからたくさんの命が生まれるということを考えれば、数百の命と引き換えにこの食卓が成り立っていることになる。

そこまでして俺たちは生きている。
生きる意味も分からないまま、犠牲の上で暮らしている。


明日屋上に行こうと思う。
遥に会いに行こうと思う。