「……よし、誰もいねーな」

3限目の終わりに全力疾走して訪れた屋上には予想通り誰もいなかった。
よく晴れた空と汚い床は昨日の景色となんら変わっていない。

「あの先輩に会うとめんどくさそうだしなぁ」

今日の箸は仕方がなく父さんの箸だ。箸を回収した後にトイレで弁当を食べようという計画だ。

「さーて、箸……箸? おいどこだよ」

呼んでも箸が返事してくれるわけがない。くるくる回ったり這いつくばったりして必死で探したけれど箸はいつまでたっても見つからない。

「どこだよぉぉ……」
「これのこと?」

急に後ろから声をかけられてびっくりした。腰の力が抜けて、持っていた弁当箱を落としそうになった。

「いっ、いきなり声かけんなよ!」
「じゃあこれから100メートル前から声をかけつつ近づくようにするわ」
「そんな緻密なスキンシップいらねぇ!」

遥は不敵な笑みを浮かべると昨日俺が屋上に忘れた箸を渡してくれた。
しかもちゃんと洗ってある。

「ゾウさんの箸なんて、可愛いもの使ってるのね」
「……うるせーなぁ」
「いいじゃない、使い込んでるみたいだし」
「……大事なものなんだよ」

敬語を使う気にもなれないくらい幼い見た目の遥は下手をすると妹の美由紀と同い年に思える。
遥はまた少しだけ笑うとおれの隣に腰を下ろした。

「お弁当持ってるみたいだけど、友達とか待たせてるの?」
「……別に待たせてねぇよ」
「こんなこと聞くのもなんだけど、ひょっとして1人ぼっち?」
「んなわけねーだろ。友達とずっといっしょにいるのは息苦しいし、ダルいから……」
「だからいつもトイレでお弁当なのね」

その時の俺の顔は何で知っているんだ!?と書いてあっただろう。
遥はいっそう不敵に笑うと長い黒髪を指先で弄りながら言った。

「いつもここから帰るとき、翔太がお弁当持ってトイレから出てくるの見てたから」

見られていたのか。約半月に渡る便所飯野郎の姿を。

「でも友達はいるのよね。移動教室のときは大抵6人くらいで仲良く喋りながら移動しているもの」
「……観察力豊かだな」

遥はふふん、と得意げに胸を張ると俺の弁当に視線を移した。

「トイレで食べずに、ここで食べたら?」
「いや、トイレでいい……」
「トイレで食べて美味しい?食事って本来トイレで摂るものなのかしら?」

口ごもる俺を放って置いてそうしましょうそうしましょうと決めつけた遥は俺の弁当をさっと奪い取ると勝手に広げ始めた。
昔から女の子の押しに弱い俺は、諦めて今日渡されたケースから箸を取り出し、いただきますと手を合わせた。