『どうした?どこかケガしてる?』
その人はあたしの両手を掴むと、
『ごめんね』と言いながら怪我をしていないかを確かめているようだった。
あたしはその人の手が、冷たく濡れている事に気が付いた。
顔から見る見る血の気が引いていくのが自分でもわかった。
『・・・あ、あの』
どうしよう・・・
あたしよそ見しててこの人に気づかなかった・・・
今にも泣き出しそうな震える瞳で見上げると、それに気づいたのか彼は柔らかく笑ってこう言った。
『大丈夫だよ。すぐに乾くし。
それにこの部屋暑くてまいってたんだ。涼しくなってちょうど良かった』
そして、綺麗な顔をくしゃくしゃにして笑った。
・・・・・・・
あたしは、その顔から目がそらせなくて。
そのまま・・・
一瞬にして心を奪われてしまっていた。
『葵・・・どうしたんだ?』
その声にハッと我にかえると、お父さんが亮を連れてこちらに向かって来ていた。
たぶんなかなか帰ってこないわが子を探しにきたんだろう。
お父さんは、あたし達の状況に気づくとその目を大きく見開いた。
『おわッ!?・・・・・一ノ瀬君、どうした?そんなに濡れて・・・・』
イチノセ・・・・・・・?
『いえ。暑かったんで涼んでました』
『は?』
お父さんは訳がわからないとゆう様子で首を捻った。
一ノ瀬と言う人はそう言ってあたしに視線を落とすと、人差指を唇に当てて悪戯に笑った。
これが、本当にあたしと慶介が初めて出会った時。
あたしは大人なのに無邪気な笑顔を見せる“一ノ瀬”と言う人に丸ごと心を持っていかれたんだ。
あの時の慶介と、今の慶介は雰囲気が変わっていて気が付かなかった。
変わってないのは・・・・
その笑顔だ・・・・。



