「いってらっしゃいませご主人様★」



客が出入りするたびに繰り返されるこの場面。だが、今回は何か違った。


見ると、ヒサノが不敵に微笑んでいるではないか。



「フフ…男を騙すのって簡単そうですね…」



その含み笑みは少女とは思えない程妖艶で、そして恐ろしい。

ヒサノに厄介な無駄知識を教え込んでしまったこの店を、レオナは呪った。


ジリリリリリリリリィ…


ヒサノがテーブルの方に向かおうとすると、目覚まし時計のような音が店に響き渡った。


その音を聞くと、ヒサノはパッと顔を上げ、店の厨房へ駆け出す。

レオナもやれやれ…とヒサノの後を続いた。



「店長さん、終わりました!
時間です、お給料ください!」



ヒサノは店長に会いに行ったのである。

せかすように差し出した右手を左右に動かし、目を爛々と輝かせながら店長を見上げる。


店長は満足そうにニッコリと微笑んでポケットから給料が入っていると思われる封筒を取り出し、ヒサノに手渡した。



「はい、チミ達よく頑張ったね。
チミ達には感謝してるよ。
さ、帰りたまえ」



特色のある喋り方でまるでどこかの貴族のような店長は、忙しいのか用だけ済むとさっさと奥へ引っ込んでしまった。



「ふぅ…、これで宿に泊まれますよ…。
…このメイド服どうしましょう…」


「貰っちゃえば?これも給料ってことで」



ふわふわと揺れるスカートを揺らすヒサノにそう答えると、レオナは自分が身につけていた腰巻きエプロンをきれいにたたみ、奥へ投げ捨てた。


だが、後ろから何かどす黒い気配がして、自分の肩を抱きしめる。


恐る恐る振り返ると、…世にも恐ろしいどす黒い笑みで服の裾を握ったヒサノが立っていた。



「…そうですね。
売れるかもしれませんし…貰っておきましょう」



フフッと一際不気味な声色とその発言に、レオナはぎょっと目を見開いた。


―――冗談で言ったのに……。