ただ偶然に遅くまで起きていただけで、追求するのは不粋だ。
もしかしたら、具合が悪くて眠れなかったのかもしれない……。
頭も冷えた頃、急な眠気に襲われ、その場に眠り込んでしまった。

『そんなことは、考えることも出来ないよ。』
今にも、しかめっつらになりそうな気分になる質問だったが、笑って一言返す。
事実、優実が居ない暮らしなど考えられない。
少し身体は弱いが、無理をなく過ごしていけば大丈夫だろう……。

『治彦さん、治彦さん、』
夢よりも優しく、あたたかな声が僕を包んだ。
『そんなところで眠ったら、いけませんよ。』
声の主を見上げると、何だか懐かしくなって、口づけようと近付く。
今にも折れそうな脚で家まで歩いてきたのか、顔が青ざめている。
髪だけ軽く撫でると、目を細めて喜んだ。

優実がかけてくれたのであろう毛布を引きはがし、身体を起こすと
砂糖をカップに入れ、湯を注いだものを机に置いた。
『身体が冷えただろう。』
僕がいれたそれを優実が手にとると
湯気が、誘うようにゆらりと動きを見せる。
湯気の向こう、窓のほうをちらりと見つめると、いつかの少年がこちらをニヤニヤと覗いていた。
『またか!』
ドアへ向かおうとする僕を優実がとめようとするが
あろうことか、優実を薙ぎ倒して追い掛けていた。

長い幻とは言い切れない、この不思議な空間。
生きたような、昔のままの優実と、昔のままの部屋、昔のままの僕。

何かがおかしいことに、気付いては居たんだ。
あの晩に願った。『もう一度、やり直したい』と。
あの少年が言った。『オッサンが望んだのに』。

夕暮れの街中で、少年の影だけが、少しずつ薄くなってゆく。
『待ってくれ!』