部屋を見渡して、未だ描き途中の、風景画に筆をいれた時だった。
ただ優実に会いたい。優実に微笑んでほしい。
優実が居たから、色が存在した。

−胸が暖かくなって、なのに張り裂けそうなくらいに苦しくて、苦しみすら愛しくて−

完成画の出来栄えは、昔と一つも変わらなかった。
『変わらないな、僕も。』
夜も更けた頃、もう外は暗いが、どうせ幻ならば、優実の部屋を訪ねてみよう。

『そう。またなの。まあ、まあ、いらっしゃい。』
また、とは何のことだろう。
しかし、妙な懐かしさを感じた言葉だった。
弱々しく呼吸をしながら、優しく微笑んでお茶を入れてくれる。
これが幻でも、幻なら、覚めないで欲しい。
『またそんなに息を切らして。ちゃんと、治療してもらえているのか?』
出会った頃から病弱だとは思っていたが、一人耐えてきた身体は癌に侵され転移していた。
病院で過ごすよりも、自然の中でひっそりと暮らしたいと言う優実の意志を優先されて、今もこうして部屋に居る。

『大丈夫、だいじょうぶ。ねえ、それより、あの絵は完成したの?』
『そんなにすぐに出来上がるものでもないよ。焦る必要ないだろう?』
お茶を飲み干して、寄り添う中、僕は少し焦りを感じた。
本当は、すぐにでも完成させて見せたいのに、あの作品だけが出来ないのだ。
申し訳なさにドキッとしながら、平然を装ったが
どうも、優実にだけは嘘がつけない。
冷たく細くなってしまった手が、僕の手の平を包み込んだ。