ざく、と音を気にしながら闇の中を歩いた。
乾きかけの枯れ葉が靴に纏わり付いて、とても鬱陶しい。
雲に隠された朧げな月が、やっと照らしてくれているのだろう彼女の頬は痩せこけていた。
随分と衰退した風貌とは不釣り合いに、ふわりと口角を上げると、薄く唇を開いて蚊の鳴くような声を出した。
『そう。またなの。まあ、まあ、いらっしゃい。』
途切れ途切れに、小さな唇を閉じたり開いたり。
吸っては吐く、か細い息が僕の不安を更に膨らませている。

枯れ葉を踏んでは音を立ててはしゃぐ君を見て、僕は秋を好きになった。
出会った頃から今まで、すっかり荒んでしまった僕とは違って、君はいつでも無邪気だから。
君の手にするもの、目にするものは輝いて見えて
世界中の全てさえ愛せる気がしていた。
『またそんなに息を切らして。ちゃんと、治療してもらえているのか?』
無理もない。告知されてからはそれ程経たないが、彼女はだいぶ耐えてきたようで、病は進行していた。

『大丈夫、だいじょうぶ。ねえ、それより、あの絵は完成したの?』
『そんなにすぐに出来上がるものでもないよ。焦る必要ないだろう?』
いつか二人で行った美術館には、美しい雪景色の絵が飾ってあった。
そこを見に行きたいと駄々をこねる彼女のために、同じ場所へ訪れて僕が絵にしているのだが
歴史が変わるように、景色も変わり、彼女の容態も変わってゆく。
実を言えば焦っているのは僕のほうだった。
そんな僕を宥めるように、優しく微笑んで、そっと手を重ねてくれる。
『無理しなくていいの、こうして二人で居られる時が幸せだから。』
彼女がそう言うと、何とも言えない気持ちになった。
彼女のため、というのは勿論、最終的には男の意地というやつだろう。