…あたしは真っ黒で薄汚い、ただの野良猫だ。





それなのに、あたしは人間の健汰に、恋をしてしまった。

あの日、健汰の笑顔と優しさに一目惚れしてしまったのだ。

我ながら、滑稽な話だと思う。猫が人間に恋愛感情を持つなんて…。

だが、悲しいことに事実なのだ。

気がついたら健汰のことを考えているし、会うたびにドキドキが止まらない。

最初はこの気持ちがなんだかわからなかった。

胸は苦しいし、顔が火照ることもしょっちゅうで、正直、病気にでもなったのかと不安になった。

しばらくして、これが『恋』だとわかると…不思議な感覚に襲われた。


“恥ずかしい”だとか、

“嬉しい”だとか、

“愛しい”だとか。


そんな気持ちがぐちゃぐちゃに、複雑に丸まった気持ちが、どっかにつっかえたような。




そして、気づいた。


この恋は、絶対に叶うことはない。不可能だということを。


…当然だ。

健汰は人間で、あたしは猫。

あたしは人間の言葉を発せない。
だから、会話ができない。
あたしが言う言葉は、人間には「にゃー」という風にしか聞こえない。
…つまり、気持ちを伝えられない。

それに、あたしたちは生物学的に違う生き物だ。

結ばれるなど、100%無理なのだ。

…そうだとわかっているのに、まだ健汰を想い続けているあたしは、相当な馬鹿だろう。



*゚.・゚*.・*・.゚.*


あの日から、健汰はよくこの空き地に来るようになっていた。

健汰の名字は『有沢』だということ。
あたしを『ミユ』と名づけてくれたこと。
サッカーが大好きで、学校が終わると家にも帰らず遅くまでやっていること。
牛乳が嫌いで、学校で残すときスゴく罪悪感を感じるということ。

色々な健汰を知った。
そして、健汰のあの柔らかで、暖かな笑みをたくさん見た。

それだけで、あたしは満足する。
話せたら楽しいだろうけど、そんなこと…出来ないから。

しょうがないから…。

あたしはいつも、満足したフリをした。