―――ねぇ、松村君起きてよ、ねぇったら!――――

「秋・・・羅、秋羅!」

人は誰でも悪夢を見たらすぐ起き上がれるものだ。勿論、松村だって例外ではない。一応こいつも人間なのだ。だが、今回は顔からして悪夢では無いらしい。

「今さら俺も元カノの夢見るとか、重症だな」

仕事の途中に居眠りをしていた罰だと思い、再開する。

この松村という男は一途な男で、一生に一人だけ彼女を作り愛し尽くすという古い考えを持つ男だった。それと同じ考えをもっていた後輩の秋羅に、松村は心引かれたのだった。告白は勿論松村から。今考えると、あの時が一番緊張したし、その後が一番楽しかったなぁと思う。

「馬鹿だよなぁ、俺。あんな心のきれいな子が俺に振り向いてくれるはずないのに・・・」

そう、松村は振られたのだ。別の男に惹かれていることが見えていたのに、告白した。わかっていたはずの別れなのに、すごく心が痛んだ。その後、学業に打ち込み、今はこのホテルのチーフ兼社長秘書として働いている。この失恋も無駄ではなかったと思うことにした。恋愛には臆病になってしまったが。

「何で思い出した、俺・・・」

噂では、俺を振ったあとに付き合い始めた男と結婚し、幸せになっているらしい。幸せになれよと願っていた松村には、この知らせは嬉しくもあり、悲しくもあった。元々隣にいたのは俺だったのに…と思うこともある。

「うぅっ・・・」
「あれ?松村さん、どうして泣いているんですか?」
「泣いてなんかいないっ!」

気がつくと、そこには深雪が立っていた。

「あっ、あぁ、君かい…」
「辛いことがあったんですか?」
「いや、ちょっと昔を思い出していただけだよ」
「そうですか。なんかあったら相談して下さいね?力になりますよ!このお姉さんがバッチリ答えて差し上げます!」
「後輩のくせに生意気な」

この深雪という女は、秋羅に似ている気がする。なのに、どうしてこうも恋愛感情が湧かないのだろうと疑問に思う。

「・・・というか、仕事しろ、仕事」
「あっ、そうでした!これってどう使うんですか?」

だが、今回はこいつの優しさに甘えていようと思った松村だった。