「琳ちゃんてさ」

「……うん」

アイスティー(無糖)のペットボトルの飲み口を口にふくみながら話すから、自然と上目遣いになっている。

いや、というか小田桐君がしゃがんでいるからか。

見た目にそぐわないヤンキー座り。

「オレのこと名前で呼ばないよね」

「えっ…うん」

呼べるわけない。
そんなんできたの小学生までだってば。

初対面でいきなりの小田桐君みたいに、サラッとなんてできない。

「なんで?」
「なんでって、基本呼ばないし」
「えー」

なんだか彼にもらったいちごみるくを立ち飲みしてるのが落ち着かなくなってきて、
なんかそわそわしてきて、

とりあえず正面にしゃがんだ。
チェック柄のスカートを押さえる手がぎこちない動き。

ちらっと見て目線を合わせると、ぱっと目を逸らされて、彼はぐいっと煽った。

頬がかすかに赤い。
さらされた首にぽこんと喉仏。
これ、なんで付いてるんだろう。

戻ってきた顔は、なぜだかムッとして軽く私を睨んでいるようだ。

「……なしたの」

彼は答えない。

ただ、顎を引いて睨んでくるからまた上目遣い。
しかもちょっとだけ赤いほっぺた…

どきっとしちゃった。
フキゲン顔がかわいい。

そうだよ、上目遣いのせいだ。
さっきからなんか変なのは。

いつもと違うからだ。

「……呼んでよ」

う……。
名前、だよね。

「今?どうしても?」

「そう」

どうしよ。
嫌って言えない。拒否できない。

『琳ちゃん』って呼ぶ声が、私にとって特別甘くひびくから。
馴れ馴れしいとか思ったけど、うれしいとも、きっと思ってた。

名前は…世、だよね。
セツとは読めない字。
じつはすぐに覚えたの。

『小田桐君』が呼びにくいとも思ってた。
自分から壁つくってる感じさえしてた。
最初はどうだったかしらないけど。

私が名前を呼んだら、同じように響いてくれるかな。

かすかな期待を込めると、唇がひくり、と動こうとがんばる。

「よんで」


「せつ……」


ああ、もう。
いまぜったい声引き抜いた。
声になりそうだっやつ、世がひっぱった。

クリアブラウンの瞳がくりっと上向いて、大きく開いた目で、私を絡めるように。

そんなふうに…。

「……琳ちゃん。やった」

そんな風にお願いされたら、断れないじゃん。
聞いてあげたくなってしまう。

ていうのが半分。

心底嬉しそうに笑顔がはじける世。

私はひざの上に腕組んで、横を見た。
軽くなったいちごみるくを吸い上げる、むくれた顔。

「くやひい」

ストローに折れ目ができる。
クスッと声が聴こえる。

だってくやしかった。

もう半分は、きっと。

私が心のどっかで、呼んでみたいって思ってた。

完全に手なずけられちゃってる。
だからくやしい。

たぶんだけど、
いやぜったい、
私、世に惹かれてる。

いまので自覚してしまった。

きっかけを作ったのは、目の前でニコニコしてる茶髪の男。

ほかでもない、私のリードを握る張本人。

むかつく。
どうするの、これ。

どうしてくれんの、こんな気持ち。

得体の知れないふわふわのバブルが、身体の内を充たしてく。

知らない、こんなの。