裏口から店を出て、中心地から少し外れた落ち着いた雰囲気の街並みを小走りで進んでいく。
小田桐君が私の手を引いたまま早歩きしているから、私は小走りになってついていく他なかった。
「今度はどこ行くの?」
なんだか声をかけにくくて、ずっと閉じていた口をひらいてみる。
でも、反応はない。
行き先なんか決めてなくて、ただあの場所から____隼香伊澄から逃げているんじゃないか。
そう思えてしまって。
ただただその背中を見つめているのも寂しくなって、怖くなってきて、私は足を止めた。
「ねえってば」
わずかに息を乱す私を驚いた顔で振り返り、小田桐君はようやく気がついたように動きを止めた。
半歩くらい引きずられてから止まったので、私は力いっぱい彼の手を握りしめている。
「あ……ごめん、琳ちゃん」
「いいよ……どうしたの?」
ばつが悪そうに細められた目を見ると、彼はふいっと逸らした。
「琳ちゃん、ここからちょっと歩くよ。疲れたらすぐ言って、おぶってあげる」
逸らされた視線を追おうとしたけれど、次の瞬間にはもういつもの笑顔を見せていた。
いや、少しちがう。
なにかを隠して、薄い薄い皮膜で自分を守る。
そのための笑顔だと私には解っていた。
そしてそんな笑顔を見せられたことが私の身体の奥をちいさく刺して、奥歯をほんの少し擦り合わせる。
「そっか。なんも訊かないで楽しみにしとくよ」
私も、笑顔を作ってみせた。
それで小田桐君に安心してもらえたら、とおもったけど、弱く微笑んだだけだった。
いつものように小田桐君の冗談に噛みつかないのに、私の動揺を感じとったのだ。
「うん。これから何回も行くことになると思うよ……変わる準備、できてるよね?」
再び手をとって歩き出す。
今度は私の歩幅に合わせて、ゆっくりと身長に見合わない速度で。
空は赤みを帯びて、街に幻想的に影を落とし始めている。
夕陽をうけてじんわり火照っていく肌に小田桐君を感じている。
感じているのに、今はなにも伝わってくるものはない。
「もちろん。仁科琳に二言はないわ」
それでも、私たちは手を繋ぎあって歩いていく。
『わかんねえことは多い方がいい』
それならそれでいい。
私ばっかりかき乱されるのは癪。
わからないから、知りたくなる。
相手がどんな気持ちか、反応はどうか。そんなのわかるはずもない。
だから、それさえも知ろうと動く。
動けば、相対して気持ちも変わっていく。
そうしてお互い『わかって』いくんだ。
って思って、私は踏み込もう。
小田桐君を知りたい。
私なしではきっと完成しない"最高の一着"を、完璧に着るために。
ときどき身体の奥が疼く意味を知るために。
なにより、この人に興味がわいたから。
すっかり変わってしまった私を元に戻そうと、むしろ自分の手で変えてしまおうとする、変な人のこと。
好きだと言って、私の中にいとも簡単に入り込んでくる奴のこと。
満足いくまで知ってやる。
隼香さん、さっきの言葉…
『わからないことだらけの子どものような好奇心でもって、生まれるインスピレーションを大事にしろ』
って意味だと思いたい。
私には軸が必要なの。
「___さすが、強気だ」
からかう口調も、さっきまでとは違って聞こえる。
見てなさいよ。
言おうとして、やめた。
彼の夕焼けに反射して金色に輝く髪。香る柔い風にふわりと揺れるその先を見つめる。
それ以上覗くことはできない今だけど、
彼が笑ったのを感じたから。



