噛みつくように言ってみじろぐ。そしたら鋭い目に制された。

「まあじっとしてろ」

肩を隼香さんに掴まれ、くるっと回され、上向け下向け、横を見ろ、
あげく髪をわしゃわしゃに弄り倒され、最後に前髪を思いっきりかきあげられた。

一気に視界がひらけて一瞬目を細めた私を、隼香さんはのぞきこむ。

無意識に怯んでしまったかも。

「決めたからには、やるんだな。昔のこと全部腹に収めて」

隼香さんは、うつむくのが嫌いだ。
『見逃したくない』から。

だから、顎をくっと持ち上げる。
一度だけ瞬きして、
私はその瞳の奥に映る私を睨む。

「はい」

隼香さんは満足げに唇の端を吊り上げると、
「よし、いい顔だな」
手をはなして、いつの間にか隣から見ていた小田桐君に向いた。

「眉のライン直線でカット、アレンジすっから長めに。重めの黒ストレート。顔回りは顎の長さで始めて下までレイヤー。動きをつける。巻いたときにニュアンス出るように毛先は軽くすいて。艶を残しとくために表面はいじるなよ。

……こんなもんか、
どうよ、セツ」

なんだか長くて早口な説明を聞いて、小田桐君は私を見ながら思案するように頷く。「紙、借りる」

隼香さんが出てきた部屋に入っていき、白い紙と鉛筆を手に戻ってくる。
そして凄い勢いでなにか描きはじめた。

瞬く間に黒っぽい画ができていく。

あまりに流麗に動く手先に魅入ってしまう。

「で、どーだった?解ったのか」

面白そうに隼香さんが言って、出されていた椅子に立った。

そう、立った。
細い椅子の上に。

「ぜんぜん。ほんとどーやって見極めんの、その人の『ベスト』ってやつは」

小田桐君はその様子をちらりと一瞥するだけで手を留めようとはしない。

私は気になって仕方ない。というか危ないだろ。子どもか。

「何度も言ってやってるだろ。この俺の両目に顔を撮して脳に通してやれば、そいつの"ベスト"が形成されたとこでピントが合うんだと」

「頼むからその意味わかんない脳内創造の説明をしてくれ」
「無理だな。言葉でなんでも伝えられたらデザイナーはいらねえ」

「……」
小田桐君は口を閉じてピラッと紙をめくりあげた。

白いそれの中央に、人の頭のようなモノが施されている。

「オッケー。あとは美容師の腕次第だからな」

そう言って紙を折り、ポケットに入れ込んだ。

「で、兄さんは何してんの」

「あ?見りゃわかんだろ」
「わかんねえよ」
「私もわかんない」

「わかんねえことは多い方がいいと思うぞ。
俺は今、次のテーマを考えた。『都会的』にシャープな形と『高所からの景色のように鮮やかで無理をしない自然色』かつ『動かない地上の無機質』

んー、あー。そうだな、『大人の夢』とかどうだろう」

なにがどうなってそうなった!?

全くついていけない私の横で小田桐君は、奥歯を噛みしめて複雑な横顔を作っていた。

感情を抑えて、向上心と羨望の入り交じった…そんな感じ。

私を惹き付ける表情。そして、どこかで同じものを見た。

なんでそんな顔してるの……

ききたかったけど、何故か躊躇われた。

「…ここは中心地の屋上じゃないけど、そっから落ちたら怪我するぞ」

それだけ言うと、彼は階段、つまり出口に私の手を引いた。