先天性マイノリティ




「ゼロジ、あんた、なにやって…!シュウちゃん、シュウちゃん!大丈夫!?管理人さん、今直ぐ救急車呼んでください!!」



青褪めた顔の小太りの婦人がばたばたと忙しない音を立てて出ていく。

腕から血を流して蹲っているのは、見知らぬ長髪の男。

隣にいるのはメイにそっくりな女。

本人ではないかと見間違えそうになるほどに似ている。


彼女はこちらを睨みつけて、俺の頬を平手打ちで叩く。

混乱した俺は、帰れ、と叫びながら反射的に再び切りつけた。

女の左腕にも真紅の線が走る。


驚愕の表情を浮かべた後、泣きそうな顔で言い放つ姿はメイそのものだった。




「私は死んだって帰らない。ねえ、ゼロジ!正気に戻れよ!」




…メイ?



…、メイ、だ。


じゃあ、今俺が傷つけたのは?




頭が真っ白になる。



はっとして横を見ると、部屋に置いてある姿見に映る自分と焦点が合う。



血走ってぎらぎらした眼、やつれた顔、脂ぎった髪。


狂気的な風貌。


手には血液の付着したナイフ。


どう見ても俺のほうが殺人鬼だった。





「…ひ、っ」



恐ろしくなり、ナイフを放り投げる。

フローリングに反響した乾いた金属音。

ぎざぎざの刃先からぽつぽつと散る血痕。


頭を抱え歯を喰い縛り、襲い来る震えに耐える。

遠くから救急車のサイレンの音が近づいて来る。

近所の住人たちがざわめき、各々の家を飛び出す気配がする。



…コウは?メイは?無事だろうか?


わからないけれど、俺は牢獄に入ったって地獄に堕ちたって守りきる。

どうなったって、大切な二人を。




「…お、おれは…コウとメイを、守るんだ。二人が死んだら、生きていけないから、だから…死なせちゃいけないから…自分はどうなってもいいから…だから、だから…」



サイレンがアパートの前で止まる。

ばらばらに崩れはじめる視界。

俺は泣いている。


長髪の男と、メイにそっくりな女も泣いている。