カーテンの隙間から僅かに朝日が射し込んでいる。
今日のバイトは休もう。
そしてメイと、コウと三人で過ごそう。
暫くは考えることを徹底的に放棄しようと決めた。
幸せだとか不幸だとか、そんな観念を越えた景色はパラレルワールドのように不可思議で、意識はふわふわするのに、色彩はとてもはっきりしている。
何処からか声が聴こえた。
「戻って!ゼロジ!」
結構な音量を伴った叫び。
その声はメイの声に酷似している気がしたけれど、本物のメイは今目の前でビールを呑んでいるのだから、きっと空耳だ。
酔いが回って来たからだと、深く考えもしなかった。
その後、微睡みはじめた俺に再び声が届く。
「ゼロジ」
今度はコウの声だった。
確かに本人のもので、俺が間違えるはずがない。
幸せな夢だと思った。
顔は見えないけれど、いつまでも聴覚に遺るコウの声。
横を向くと心地良さそうにメイが眠っている。
小鳥が葉から滴る雫を啄むような可愛らしさを持つ、そんな自然な呼吸音。
その後を追い掛けるように穏やかな眠りに就く。
…このときはまだ、追い討ちをかけるような悪夢のような毎日が訪れるなんて、まったく考えていなかった。
ナツメに言われたこと、コウの言葉、メイの笑顔、バイト先の人々、渦巻く過去、学校の屋上、婆ちゃんの心配そうな顔、幼い頃の悲壮、顔を忘れた両親、コウの横顔、過ごした日々……。
万華鏡のように散らばり廻る記憶。
一切を胸一杯に吸い込んで、二度と開かないように蓋をした。
コウの顔、髪型、体型、仕種…繊維のひとつひとつまで忘れてはいけないと脳が伝達する。
時間に逆らえ。そうだ、コウが死んだということを考えなければいい。
…いっそのこと、生きていることにしてしまえば楽になれるだろう?
──誤った方向に指令を出す右脳、連動する左脳。
白い霧が晴れ、見たことのない世界が全貌を現す。
ウエダコウノスケと全く同じ容姿、同じ声のコピー。
光のレーザーが宙を裂いて造形を象れば、それは容易く成立する。
俺の、二つ目の世界の誕生。


