先天性マイノリティ






「お疲れー、キサラギさん」



勤務後、職員玄関を出たところで呼び留められる。

振り返ると、挨拶程度しか接触のない二つ隣のショップの販売員の男。

どう見てもレディースフロアには似つかわしくない外見で、明るめの色の長髪に大袈裟に胸元がはだけたドットのシャツを着ている。


…確か名前は、ナントカシュウヤ。


ホシノマイコがシュウヤくん、シュウヤくんと猫撫で声で連呼しているのを日々耳にしている。

私には無関係の人物だと判断を下して、軽い会釈のみで足早に立ち去ろうとする。

しかし男はそれを両腕で制し道を塞ぐ。



「…なんですか?」


「ちょっと話しようよ。いいでしょ、たまには」


「私、アナタのこと全然知りませんけど」


「うん、だから知って欲しいんだ。あ、ナンパじゃないから安心して」



…何処かで聴いた覚えのあるデジャヴ。



──『ナンパじゃねえよ』



遠い昔の、コウの台詞が蘇る。

瞬時に打ち消してどうにか断ろうとするものの、相手は一歩も退かない。

従業員用エレベータを降りて来たホシノマイコと目が合う。

案の定こちらを睨んでいるが、今日は課長との先約があるらしく足早に立ち去った。

男に媚び、同性には敵意を持つ。

女という生きものは本当に厄介だ。

自分も同じ染色体を持つのだと考えるだけで人生の三分の一以上が憂鬱の割合で占められて、心底厭になる。



──そして結局振り切れないまま、自棄になってご機嫌な男と一緒に近くのファミレスに来てしまった。

私にしては珍しい妥協だ。

外側からは見えにくい隅の喫煙席に腰を下ろし、携帯画面を確認する。


…今日もゼロジからの着信は来ていない。


軽い溜め息を吐きながらメニューを開く。

大好物の甘いものでもがっつりと食べてやろう、と思う。