彼女は口を閉じて、視線だけで、上を見上げた。
つられて顔を上げたカナタの頬に、ぱたりとなにかが落ちてくる。
続いて項と、あらわになった手首にも。
サエキの手の甲にも落ちたものを見て、カナタは改めて空を見上げた。
サエキが、小さく呟く。
「雨……」
掠れた鼻声が、湿った空気に分け入る。
カナタがサエキに視線を戻すと、彼女は相変わらず、上を見ていた。
肩車をしたら届きそうなほど近い、暗い色の雨雲を。
水滴が水面に波紋を作って、すぐに流れにかき消されてしまうのを視界の隅に見ながら、カナタは顔を寄せた。
サエキの手に落ちた雨粒に、口付ける。
よそ見を許さないその行動が、まるで空に嫉妬しているみたいに思えて、少し笑える。
サエキにはあんなことを言われたけれど、ずいぶん自覚が上手いようだ。
目許に唇で触れると、サエキは「ん」と鼻を鳴らした。


