人生の楽しい終わらせ方


手の動きに合わせて変化する息遣いに、カナタは気を取られていた。
サエキは、なにか耐えるように唇を噛む。
それを隠そうとしてか、さまよっていた手が、口許を覆った。
その姿があまりに扇情的で、にじり寄るように体を寄せる。


「カナっ、」
「どうしたの。寒い?」
「や、いや、あの」


声色だけしらばっくれたように言うと、サエキの開いた唇から、意味のない音だけが漏れる。

掠れた声が、あの時のことを思い出させた。
海の見えるあの廃ホテルで、ふざけて鏡の破片を向けた、あの時の。
カナタの頬に滲んだ血を見たサエキは、今とよく似た表情をしていた。
熱の滲んだ目尻と、赤い舌。

同時に、バイト帰りのサエキに、偶然会った夜のことも思い出す。
唇の柔らかさ。
心臓が、ぞくりと音を立てた。


「サエキさん」


名前を呼ぶと、サエキは視線を上げて、カナタと目を合わせた。
その目に浮かんでいるのは、嫌悪感でも怯えでもない。

手を伸ばして、頬に触れた。
すぐに下に滑らせる。
一瞬跳ねるように体が強張ったように感じたが、広げた手を首にかけると、熱い息を吐いた。

白い首を覆いながら、カナタは咄嗟にいくつかの殺害方法を思い浮かべた。
このまま両方の親指に思いきり力を込めたら、息が吸えなくなるだろう。
脳に酸素が足りなくなって、じきに意識を失うに違いない。
そのまま絞め続ければ窒息死するだろうし、川に身体を浸してそのまま一人で山を降りてもいい。
サエキの意識がないのなら、彼女の苦手な刃物を使うこともできる。