サエキはなにも言わずに立ち上がって、ゆっくりと歩き出した。
なぜか当然のように、カナタが隣に並ぶ。
ちら、と横顔を見るが、視線は合わなかった。

いつもより少し、目線の高さがずれている。
アルバイトの時は、底の薄いぺたんこのスニーカーを履いて来るからだ。
あまり変わらないと思っていたが、身長差は意外とあったらしい。

サエキは、カナタみたいにぼそりと言った。


「メール……、なんで返してくんなかったの?」
「え?」
「メール」
「あれ、返してなかったっけ……」
「なに、それ?」
「返したと思ってた、ごめん。ちょっと忙しくて」
「それだけ?」
「え? それだけだよ、なに?」
「んー、や……私、暇だった」


ちょうど耳の横の高さで、くすりと笑う気配が聞こえた。
カナタの方を見る。
顔は笑っていない。
はぐらかされた気がすることよりも、それを見逃したのだということのほうが、惜しかった。


「チャットやってればよかったじゃん」
「最近みんな忙しいじゃん。誰もいないよ」
「そっか……俺もしばらく入ってないな」
「でしょお?」


カナタが歩くのが速いのか、サエキが歩くのが遅いのか、並んで歩きはじめたはずの二人の歩調は、少しずれてきている。
いつの間にか少し前を歩いているカナタの横顔を眺めてから、視線を落とした。