「チアキっていうの、本名」
これは、仕返しだ。
踏み込んだことを聞いてしまったことへの、仕返しと、牽制。
先に聞いたのはサエキなのに、それがやけに神経を逆撫でした。
「聞いたの私なんだけど」
「教えない」
控えめに顔を上げて、カナタが言う。
口許がわずかに笑っている気がしたので、サエキは近付いて、隣に腰掛けた。
微笑んでいる、と思ったが、もう表情は消えてしまっている。
気のせいだったのかもしれない。
サエキの機嫌は、瞬間的にすっかり直っていた。
きっと、カナタの声と、伏しがちな流し目のせいだ。
それに気付いてはいたが、わざと唇を突き出してみる。
「けち。」
「なんて字書くの」
名前、とカナタが言う。
聞き取りづらいほどぼそぼそと話しているのに、耳に心地良い声だ。
「千の空」
「それでチアキって読むの」
「うん。ちょっと変わってるでしょ」
カナタの口からちあき、という音が出ることが、少し不思議だった。
別に呼ばれているわけでもないのに、カナタの顔を見てしまいそうになる。
自分から聞いておいて、「へえ」という薄い反応。
マイペースなやつ、というのは、実際に会うようになる前から思っていたことだ。


