今のは失敗した、と、サエキは内心舌打ちをした。
時刻は夜の十時過ぎ。
ご飯を食べに行く、じゃ断りきれない気がして、思わず用事があるように仄めかしてしまったが、こんな時間から済ませられる用事なんて、かなり限られている。
なんと言おうかと視線をさまよわせかけた時、彼は、またあのぼんやりした笑みを浮かべた。
「そう? じゃあ」
「あ、はい、お疲れさまです」
「なんかあったら言ってね。今度飲みにでも行こうよ」
少しがっかりしたような表情で、ひらひらと手を振る。
サエキの言い訳を信じたのか、適当にかわされていると気付いたのかは、わからない。
去って行った背中を見送ってから、サエキは、はっと振り向いた。
カナタの姿は、もうそこにはなかった。
(そこで帰るかふつう……)
サエキが捕まっている間に、さっさと店を出てしまったらしい。
あんなタイミングで現れて、いつの間にか消えるなんて。
ありえねー、と唇を尖らせながら、サエキも店を出た。
外に出た瞬間のひやりとした空気は、もうすっかり秋だ。
この差がなんとなく好きだったが、今は最悪な気分が晴れることはなかった。
寒いよバカ、と理不尽に一人ごちながら、俯いて歩く。


