声をかけなきゃよかった、と、サエキはすぐに思った。
そんな顔をしていたのだ。
会いたかった顔で、聞きたかった声で、そんな反応を返されて、どうすればいいのか、わからなくなった。
迷いながらもなにか言おうとした、その隙を突いたように、サエキの後ろから声がかかる。
「チアキちゃん」
「は、はいっ?」
「帰るとこでしょ? 送って行こうか」
「えっ」
アルバイト仲間、というほど仲良くもないが、よく同じシフトになる青年だ。
へらりと曖昧に笑って、彼は言った。
サエキと無言のまま対峙していたカナタの存在には、気付いていないようだ。
「もう暗いし、一人じゃ危なくない?」
「え、いえ、大丈夫ですよ私」
「だめだって、ほんと危ないから」
「やー……でも、ほんと、大丈夫です」
空気の読めねぇ奴、と心の中で悪態を吐きながら、同じくらい曖昧に断りを入れる。
彼の好意(なにかしら下心があったとしても、恐らく、大抵の場合、親切心に変わりはない。例外もあるにはあるが)をあまりきっぱり断るのはなんだか気が引けて、首を横に振るのはやめておいた。
両手をダム代わりに胸の前で開くが、それで彼の勢いが塞き止められるわけもない。
テトラポットの役割すら果たさなかった、といっていい。
「ちょっと寄るとこあるんで」
「寄るとこ? 今から?」
「あのー……、はい」


