小鳥が鳴いたような音と、舌の回らない「しゃーっせー」という声が、店内に響いている。
さっきまでは、自分もあんなふうに気だるげな声を上げていた側だった。
雑誌の表紙を流し見て、ペットボトル飲料の並んだ冷蔵庫の前で、少し悩む。
このあとすぐに家に帰るか、またあの廃ホテルへ行くかで、買うものが変わってくるな、と思ったのだ。
ホテルに行くなら、1.5リットルのお茶のペットボトルは重くて邪魔だ。
けれど、一人であの部屋で暗い海を眺めていたって、別におもしろいことなんてなにもない。
誰かに、というかカナタに、だらだら話しているのを聞いていてほしいのだ。
それで時々、トーンの低い相槌を打ってほしい。
死にたがりのくせに誰かと一緒にいたいなんて、変わってるね、と、いつかカナタに言われたことがある。
頭の中でリフレインしている声を、この耳で聞きたいと思った。
(……ああ、そっか)
カナタの声が聞きたいのだ。
二週間前、じゃあねと別れてからずっと。
ごく自然に、そう思っていた。
自然にそう思ったことに、驚いていた。
やる気なさげな、少し眠たげな、生意気そうな声。
別に良い声でもなんでもない、どちらかというと少し高めで、鼻声で。
声が大きくないから、自然と距離が近くなる。
ぼそぼそとした話し方に視線を上げると、長い睫毛を伏せて、こっちを見下ろしている。
どこか中性的なのは、線の細さと日焼けしていない白い肌と、長い前髪と、あの声のせいだろう。
冷めたみたいな目付きで、あまり笑わない口許で、サエキの話に、適当に返事を返すのだ。
話し方が生意気なら言うことも生意気だし、表情も考え方も冷めているし、とっつきにくいし、秘密主義だし。
電話には出ないし、メールの返事も返さないし、外に出るのも面倒くさがるし。
それでも、声が聞きたくて、会いたいと、自然に思っていた。


