「え? なにこれ、すごい!」


サエキが、窓へ駆け寄る。
他の部屋と比べ物にならないほど、大きな窓だった。

ベッドは同じツインサイズなのに、さっきの鳥の部屋よりもずいぶん広い気がする。
本当にそうなのか、壁一面の窓のおかげでそう感じるだけなのかはわからない。
汚れて白く濁ってはいるものの、この部屋の窓からは、海を間近に見渡せた。


「ねぇ、なんでここだけこんななんだろう」
「オーシャンビュー……ビジネスホテルで?」
「ねー」


サエキは部屋をぐるりと回ったあと、部屋の真ん中に置かれていたローテーブルを少し隅に避けて、壁際に座り込んだ。
ドアのある側、窓を真正面に眺められる場所だ。

眺めがいいだけでこの部屋だって、埃と錆びと砂にまみれた廃墟であることに違いはない。
さっきせっかく買ったばかりのサンダルどころか、服も肌も青い髪も、汚れてしまわないだろうか。
しかしサエキは、そんなことは少しも気にしていないようだった。
カナタが隣に腰を下ろすと、ちらりと視線を寄越して、へへ、と笑った。


「最後の部屋はいいの」
「いい。だって、あっちの窓は隣の自転車屋の屋根しか見えないし」
「そんなに気に入ったの、ここ」
「うん。勝手に綺麗にしちゃおー」


秘密基地を作った子供みたいな表情だ。
変わった人、と苦笑いを浮かべる。

海の上を、カモメが飛んでいるのが見えた。
風に煽られて、体を傾けている。
そうか、外は風が吹いているのだ、と気づいたのは、しばらくそれを眺めてからだった。
まるで屋外のような場所に座っているのに、ここは屋根と壁に守られているのだ。

部屋の中は風がなく、暗くて、外が暑いのか寒いのかもわからない。
潮の香りだけは、ここまで浸食している。
サエキが気に入ったのも少しだけわかる、妙な安心感があった。

カモメの翼と一緒に、日も傾いていく。
帰る?とカナタが尋ねると、サエキは、太陽が沈んだら、と答えた。