「うわぁ、いつのだコレ」
「1991年……二十年以上前だね」
「私生まれる前だよ」
「へぇ」


カウンターの隅に置かれた電話帳を指先で摘まんで捲りながら、サエキが言う。
ぺりぺりと音が鳴った。
そのままぱりんと折れてしまいそうだ。

意味もなくページを捲るサエキの横をすり抜けて、カナタはカウンターの中へ入った。

黒電話でもありそうな雰囲気だが、中に置いてあったのは、灰色で丸みのないデザインの、普通の電話機だ。
全体的に黄ばんでいて、その上にさらに埃が厚く積もっている。
受話器のヒビ割れに、黄土色になったセロテープが貼ってあった。
このテープも、二十年以上前のものなのだろうか。


「カナタ、見て見て」
「ん?」
「台帳って書いてある」


電話帳の下に、ノートが重なっていたようだ。
黒いハードカバーの表紙にシールが貼ってあって、手書きの文字でそう書かれているのを、指差した。


「あ、ホテルなんだ、ここ」
「あぁ、そっかぁ」
「ほら」


カナタはカウンターの中で、今発見したものを取り上げた。
プラスチックの札のついた、鍵だ。
カウンターの内側にキーラックがあって、十個ほど掛かっている。

それを見て、暗い廊下のほうを見て、サエキはにっと笑った。


「行ってみようよ、奥」
「部屋入るの?」
「うん、全部回ってみよう」


カナタも小さく笑い返した。
しかたないな、ではなく、言うと思ったよ、という意味の微笑みだ。

ラックから鍵をすべて取って、カウンターを出る。