「開いてる」
「え、うそ」
「入ってみよ」
「えぇ……」
サエキはちらりと左右を見回して、辺りに誰もいないことを確認すると、ドアを引く手に力を込める。
もう何十年もぴくりとも動いていないような顔をしておいて、そのドアは、拍子抜けするほど簡単に開かれた。
「おぉー」と楽しそうに声を上げるサエキに続いて、足を踏み入れる。
擦りきれたカーペットが、ざり、と音を立てた。
海に面して大きな窓とガラス張りのドアがあるためか、それほど暗いと感じない。
ぼろぼろのカーペットも、剥がれて色褪せた壁紙も、もとは恐らく暗い赤色だったのだろう。
埃の積もったシャンデリア、中身のない大きな額縁、隅に置かれた小さな丸テーブル。
テーブルの下に、割れた花瓶が落ちている。
広めのコンビニエンスストアほどの空間にはほとんど何もなく、ただ古さと、ぬるい荒廃があった。
他に目に付くのは、狭いカウンターと、奥へ続く廊下と、ソファだ。
ソファの前には恐らくテーブルがあったのだろうが、そこにはカーペットの窪みしか残っていない。
木枠に布貼りのソファは、スプリングが切れて座面に飛び出してしまっていた。
白っぽい色かと思ったが、よく見ると色褪せと埃でそう見えるだけで、本来は茶色いのだとわかる。
「ここ、なにかな……」
中央に立ってぐるりと回って、サエキは言った。
カナタはなにかの破片を踏み砕きながら、「さぁ……」と声だけ出す。
サエキは、跳ねるように歩いていた。
カナタはスニーカーなのでそれほど気を使っていないが、素足にサンダルの彼女は気を付けなければ、割れたり砕けたり壊れたりしたもので、足を怪我してしまうだろう。
慎重に足を置く場所を選びながらカウンターへ向かう後ろ姿に、続く。


