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「例えばさ」
サエキは、コンクリートの防波堤から体を乗り出して波打ち際を覗き込みながら、言った。
胸ほどの高さまである防波堤に腕を突いているものだから、足は浮いてしまっている。
「海に飛び込むんなら、場所はいくらでもあるのに」
「うん?」
「てゆうか、海しかない」
「あぁ」
カナタは頷かずに、声を出した。
「俺、こっち引っ越して来たとき、町中市場だらけなのかと思ってた」
サエキが振り向いて、「あぁー……」と曖昧に笑った。
カナタが言ったのは、この町の“匂い”のことだ。
山ごと海に囲まれたような地形のせいで、この町には、潮風の吹かない場所はないと言っていい。
町中どこに行っても、潮の香りがするのだ。
カナタがこの町へ来てはじめに気づいたのは、そのことだった。
嗅ぎ慣れなかった匂い。
今ではすっかり鼻が慣れてしまっている。
たん、と、サエキが地面に足を着いた。
防波堤の向こう、申し訳程度にある砂浜を見下ろして、カナタは口を開いた。
「入水は嫌なの?」
「うーん、海は好きだけど……でもこの辺、水死体なんか珍しくないし。それに綺麗じゃない」
「まあ、そうだね」
「お風呂入ったらさ、指がふやけるじゃん。私それ見るの嫌いで、指だけでも気持ち悪いのに、あれが全身とか絶対むり」
「見る前に溺死するでしょ」
「それでもやだ」
よくわからない理屈、と思いながら、カナタはふうんと鼻で返事をする。
反応が薄かったためか、サエキは「それに」と言い募った。


