サエキの声は低い。
押し殺したみたいだった。
やけに冷静な声。
少しの沈黙のあと、カナタは言った。
「やだ」
背中から、額が離れていく。
サエキが顔を上げたのだ。
手を置いたままなのは、振り向くな、ということだろうか。
だがカナタは、振り向いた。
「バカじゃないの」
サエキがあまりに想像通りの顔をしているので、なんとか少し笑える。
きっと自分だって今、すごく情けない顔をしているだろうから。
体ごときちんとサエキに向き直った。
顔を覗き込む。
「そんな、命懸けの告白はできて、なんでちゃんと言えないかな」
拭うようにサエキの頬を触ったが、涙は流れていなかった。
指が撫でたあとに、雫が一つ転がり落ちていく。
それを見ていたらなんだかたまらなくなって、無理矢理に口を開いた。
「俺でいいの」
「カナタがいい」
怒ったように言ったサエキは、唇を歪めた。
「もっかい言って」
「手つないで?」
「夜って呼んで」
目頭も鼻の奥もどうにかなっているのに、意外なほど静かな声が出た。
けれど、手を握って、よる、と囁かれるたび、涙が出そうだった。
「夜が好き」
「うん」
「一緒にいたい」
「うん」
「触って、顔見て、声聞かせてほしい」
「俺も、」
「夜と一緒に、生きたい」
ついにぼろぼろと涙を零しはじめた彼女に、返事をして、頭を撫でる。
潤みきった目に、名前呼んで、と訴えられているような気がした。
「千空」
「、うん」
「俺も、一緒にいたい、ちあき」
「ふへ、泣きそう」
「あんたは泣きすぎ」
ぐしゃぐしゃの顔で泣きながら笑う千空を、引き寄せて抱き締めた。
これ以上見られるわけにはいかない、と思ったのだ。
なんだか心が動きすぎて、死にそうだ。
首に腕が回る。
耳元で、しゃくりあげながら笑う声が聞こえる。
背中を撫でた。
ちあき、と声が出る。
「泣くか笑うかどっちかにしなよ」
「うん。へへ」
「好きだよ、千空」
「やだな、もう」
「だいすき」