すん、と、サエキが鼻を啜った。
泣くのを我慢しているのだ。

もう一度サエキは言う。
彼女の声は、ほとんど囁き声だった。


「馬鹿にしないで」


揺れる黒目を見つめながら、カナタは答えた。


「サエキさんは馬鹿でしょ」


ゆっくりと、また言う。


「サエキさんは、馬鹿で、かわいいよ」


カナタの口許にあった歪みは、ずいぶんゆるやかになっていた。
醜い笑いが治まりかけた表情で、サエキの目をじっと見る。


「ネットで会った顔も知らない男にさあ。ちょっと話しただけの野郎に、家が近くなるからって、じゃあ会って話そうよって、なんでなっちゃうわけ? 死に方探し手伝ってって、あたしの死ぬとこ見ててって、どんな口実だよ。頭悪すぎでしょ」
「こ、う……? え、」
「あんた、本気で死にたいなんて思ったことないだろ。どうせ死ぬなら派手で綺麗にってなんなの、馬鹿にしてんのはそっちじゃん」