人生の楽しい終わらせ方


「飛び降りはどう」
「うーん……どうせなら目立つ場所だよねえ」
「やっぱ人に見られたいんじゃん」


海を見下ろすと、真っ黒だった。
どろ沼か工業油のようで、あれにはまったら、二度と這い出せないんじゃないかという錯覚に陥る。
ある意味では、もうすっかりはまってしまって、抜け出せない深さまで沈んでいるんじゃないだろうか。

サエキの髪が風に煽られる。
光のない重い景色に対して、場違いなほど軽やかだ。
彼女もまた、手摺に手を乗せて、海を見下ろしていた。


「飛び降りはさあ、死ぬ前にどれだけ目立てるか、だね」
「そう?」
「そうだよ。ぱっと人の目を集めて、躊躇なく素早く落ちなきゃ」
「なんで?」
「たった数秒なのに、脳裏からなかなか剥がれない映像ってあるじゃない。何度も見たわけじゃないのに鮮明に覚えてる。そういうのがいいよ。動画なんか撮られちゃ最悪だね」
「難しいね」
「そう、ケータイなんか取り出す暇もないくらい……」


確実に死ねる高さで、けれど高すぎて声も通らないようなのは駄目。
人通りの多い通りに面していて、できれば歩道の幅が広くて、落下点には邪魔なものが少なくて。
そういう好条件の場所を探すのが、案外骨が折れるかもしれない。