そこまで考えた時、サエキが顔を上げた。

今この場所は、カナタが今脳裏に描いた光景とは真逆の暗闇だ。
わずかな外の灯りを拾って、サエキの目元が光る。
心臓が鳴った。
さっきちらりと見えたのは、やはり気のせいではなかったらしい。
爛れたように濡れそぼった目尻に、いつもの化粧っ気はない。
やっぱりたれ目だったと、我に返った頭で思った。

ポケットに触れていた手を持ち上げて、目元の赤らみを恐る恐る撫でた。
涙の痕がいちいちすべて、伝染する熱を持っているような気がする。
サエキがカナタの指に反応して、瞬きするみたいに目を伏せた。
瞼までほんのり赤い。
カナタの冷たい指が心地良いらしい。
反対の手は、頬に触れようか迷って、もう一度腰を引き寄せる。
細すぎて、くせになりそうだ。
伏せた瞼に、唇で触れた。
サエキが少し俯いて、鼻を啜った。
後頭部を手のひらで抱く。
顔を上げようとしないサエキに、潜り込むように背中を丸める。
唇は、少し荒れていて、少し冷たかった。