サエキの背中を撫でながら、カナタはジーンズのポケットに、携帯電話と一緒に入っているものを思った。
きっと、今このタイミングで取り出すのが一番効果的だ。
抱き着く腕を突き放して、涙で真っ赤に充血した目の前にこのナイフを突き付けたら、どんな絶望的な顔をするだろうか。
きっと、可哀想なほど可愛らしい表情を浮かべるに違いない。
少し、見てみたいと思った。
髪の間に手を差し込んで、うなじを掠める。
温度の低い指先に、サエキの肩が一瞬強張った。
その肩に手を乗せると、引き剥がそうとているのがわかったのか、名残惜しそうに、腕がほどかれる。
体を離すと、カナタの肩に手を置いたまま、サエキはごく近い距離で俯いていた。
カナタの鼻先に、サエキの前髪が触れる。
ポケットに手が伸びる。
サエキの首は、うなじから鷲掴みにして放り投げられそうなほど細い。
そこのベッドに押さえ込んで、首の後ろを掻き切れば、この小さなナイフでも十分致命傷を負わせられるだろう。
それから綺麗に整えて、瞼を閉じさせて腕もきちんと組ませて、左胸に突き立てればいい。
海の見える部屋で、水平線から昇る朝日に照らされて横たわるサエキは、きっと最高だ。


