なんにせよ、詳しい事情を聞く気は、カナタにはあまりなかった。
だが、サエキはそうではないらしい。
「あと、つけられた」
「……うん」
「嘘吐いたのバレて、バカにすんなよって、大きい声、で」
「サエキさん、そんな無理に」
「ナイフ、持ってた……」
それでか、と、カナタはごく小さな溜め息を吐いた。
もしあのバイト仲間のことを言っているのだとして、仮にも好きな女にナイフを向けるなんて、そんなふうに加虐的な人間にも見えなかったが、人は見かけによらないということなのだろうか。
そりゃそうか、と思って、しがみついてくるサエキを横目で見た。
手のひらで後頭部を覆って、とん、とん、と動かす。
髪は青いし、アイメイクはきついが、今の彼女は、怖いものに怯える普通の女の子だ。
この少女がなんとかパンチの効いた死に方をしてやろうと頑張っているなんて、誰が思うだろうか。
人は見かけには、よらないのだ。
「いいよ、もう。怖いこと、話さなくても」
「でも、ごめん」
「なにが?」
「こんな時間に」
「あぁ」
夜中に呼び出しておいてなにも言わないなんて理不尽だと思って、拙い言葉で事情を説明していたらしい。
やはり、変なところで律儀な人だ。
カナタの首の後ろに回された腕が、少し震えていた。
細い腰に手を回すと、ぎゅう、とそれに力が入る。
宥めるように、背中に手のひらを当てた。
「いいよ別に……てゆうか俺こそ、この間。意味わかんない怒り方して、ごめん」
サエキは鼻で返事をして、頭を振った。
カナタがワンコールだけの呼び出しに応じたのは、半月前の喧嘩のことがあったからだと、わかっているのだろう。
どちらにも、色んな負い目と、色んな本心があって、あまり言葉にならなかった。


