人生の楽しい終わらせ方


「……俺。開けて」


いつかサエキに笑われた言い方は、なぜかすっかり癖になっていて、半月ぶりでも相変わらずだった。
扉に近付いてくる音がしないことに気付いて、今度こそ「サエキさん?」と呼ぶ。
しかし、反応はない。

中に人はいるはずだった。
そして、鍵がサエキの持っている一つしか存在していない以上、中にいる人が彼女があることは明らかだ。
だが、さっきわずかにした物音以来、中はすっかり静まり返っていた。

いろいろな考えが頭を過る。
物音は気のせいだった、中にいるのがサエキではない、サエキが開けたくない理由がある。
いくつもの可能性をすべて踏まえたうえで、あえてカナタが選んだ行動は、普段なら意味がないと知っているものだった。

ドアノブに手をかける。
錆びてざらりとした、冷たい手触り。

いつも出入りの時以外は、常に施錠してある。
こんなことをしても無駄だろうと思ったカナタの手は、しかし、驚くほど呆気なくくるりと回った。

ドアが開いている。
どうして、と思いながら、中を覗き込んだ。
部屋は真っ暗で、窓の向こうに見える遠くの漁り火の灯りが頼りだ。