「人選ミス。他あたんなよ」
「他?」


サエキの顔を見る余裕はなかった。
勇気がなかったとも言える。
カナタの肘のあたりに、ぽす、とサエキの手が落ちた。
薄暗闇で見る白い指は、雪のように溶けてしまいそうに見える。


「他ってなに……?」
「……他は他だよ。俺じゃない奴」
「他なんていないからカナタに言ったんじゃん」
「だから、俺に言われたってどうもできないんだって」
「な……私なんかどうでもいいだけじゃん、なんでそんなずるい言い方すんの」


上擦ったサエキの声が、震えていた。
泣きそう、と思ったが、そんなことよりも彼女の物言いのほうに気を取られて、苛立ちは増していく。
ずるいってなに、知ったようなこと。

舌打ちが出そうになるのを、口許をわずかに歪めて堪えた。
しかし、開いてしまった唇の隙間から、棘だらけの言葉が出るのは、堪えきれなかった。


「は、なに……違うって言ってほしいの」
「は……?」
「そんなことないよ心配してるよ、とか言ってもらえば満足?」


舌打ちのほうが、まだましだった。
荒い溜め息が出る。
サエキの声は、さっきとは違う動揺で震えていた。


「なにそれ……カナタが? そんなこと言ってくれるわけ」
「言うわけないでしょ」
「知ってるよ。期待するわけないじゃん、馬鹿にしないでよね」
「じゃあなんなの」


その時になってようやく、カナタはサエキのほうを見た。
眉を潜めたままで、やっとまともに目を合わせる。

サエキは口をへの字に曲げていた。
気の強そうな目が、眼力だけでカナタに着火しようとでもしているかのように、じっと睨み上げている。
それを見ていたら、口は勝手に動いていた。