387 ― 早手Side
早手Side
「早手、行こ!」
着替えを終えて体育館を出ると、木南がすぐに俺のところへ駆け寄ってきた。
……また待ってたのかよ。
最近は、部活が終わる頃になると当たり前みたいに木南がいる。別に約束したわけでもないのに、俺が出てくるまでずっと待ってるらしい。
「……毎日待たなくていいって言ってんじゃん」
「いいじゃん。私が勝手に待ってるだけだし」
「いや、そういう問題じゃ……」
「ね、帰ろ?」
木南が俺の隣に並ぶ。
少し前だったら、こんなふうに一緒に帰ること自体なかったと思う。
でも、あの件があってから、どうしても以前みたいに冷たく突き放せなくなった。
家のことでいろいろあったのも知ってるし、あいつが俺を頼ってた理由も、今なら分かる。
だからって、別に木南のことを好きになったわけじゃない。
ただ、何かあった時に話くらいは聞いてやろうと思うようになっただけだ。
……それだけなんだけど。
「早手?」
「……何?」
「聞いてる?」
「聞いてるって」
「絶対聞いてなかったでしょ」
木南が少し不満そうに俺を覗き込む。
「……悪い。何だっけ」
「もう。今日の部活どうだったって聞いたの」
「あぁ……普通」
「普通って何?」
「普通は普通だろ」
「ふふっ、何それ」
木南が笑う。
俺は適当に返事をしながら、さっきの体育館の光景を思い出していた。
慎と水乃。
練習が終わったあと、慎が水乃のところへ行って、何か話してた。
水乃は笑ってた。
俺には最近、あんなふうに笑ってくれねぇのに。
しかも、慎が何か言った瞬間、水乃が少し照れたみたいに顔を逸らして。
……あれ、何なんだよ。
前から仲がいいのは知ってる。
でも最近の2人は、明らかに前と違う。
あの3連休。
慎とデートしてから。
「…………」
考えたくねぇ。
何してきたんだよ、あいつら。
水乃は俺に、早手とのこと忘れたいって言った。
それから慎と出かけて。
帰ってきたら、前よりもっと慎と近くなってる。
……そんな簡単に。
俺とのこと、忘れられんの?
「……早手!」
「っ……何?」
「だから、聞いてる?」
「……聞いてるって」
「嘘。さっきから全然こっち見てくれないじゃん」
木南が俺の前に少し回り込む。
「……何だよ」
「何か考え事?」
「別に」
「ほんと?」
「うん」
木南はしばらく俺の顔を見ていたけど、やがて小さく笑った。
「……水乃ちゃん?」
「…………」
思わず木南を見る。
「何で?」
「だって、最近ずっとそんな感じだから」
「そんな感じって?」
「何か考えてる時、早手ってすぐ顔に出るよね」
「出てねぇよ」
「出てるって」
木南が笑う。
「それに、さっき体育館で水乃ちゃんのこと見てたでしょ」
「…………」
見られてたのかよ。
「……別に」
「慎くんと一緒にいたもんね」
「…………」
その名前を聞いただけで、また胸の奥がざわついた。
木南は俺の反応を見ながら、少しだけ声を落とす。
「最近、2人仲いいよね」
「……前からだろ」
「そうだけど、前よりもっと仲よくなった気がする」
「…………」
そんなの。
言われなくても分かってる。
「……別に、あいつらが何してようが関係ねぇし」
口にした瞬間、自分でも嘘だと思った。
関係ないわけねぇだろ。
俺がどんだけ気にしてると思ってんだよ。
木南が少しだけ俺を見る。
「……そっか」
「…………」
「でも、早手はまだ水乃ちゃんのこと好きなんでしょ?」
「……うん」
迷わず答えた。
そこだけは、何も変わってない。
木南が一瞬黙る。
「……そっか」
少し寂しそうに笑った。
「……悪い」
「何で謝るの?」
「いや……」
「いいよ。知ってるし」
木南はそう言って、また俺の隣に並んだ。
「私だって、まだ早手のこと好きだもん」
「…………」
知ってる。
それも。
だからこそ、最近の木南との距離には少し困ってる。
俺は水乃が好きだって、ちゃんと言ってる。
木南もそれを分かってる。
なのに、毎日俺のところに来て、一緒に帰ろうって誘ってくる。
……何考えてんだろ。
「ねぇ、早手」
「何?」
「私、最近ちょっと嬉しいんだ」
「……何が?」
「早手が前より話してくれるようになったから」
「…………」
木南が俺を見上げる。
「前はさ、私が話しかけてもすぐ面倒くさそうにしてたじゃん」
「……まぁ」
「でも最近は、ちゃんと話聞いてくれるし」
「…………」
「今日だって、一緒に帰ってくれてる」
木南が嬉しそうに笑う。
俺は何も言えなかった。
別に、特別な意味があるわけじゃない。
ただ、あの件があったから。
それだけ。
でも、木南にとっては違うんだろうなってことくらいは分かった。
「……木南」
「ん?」
「俺、別に……」
そこまで言って、少し迷った。
期待させたくない。
でも、今ここで冷たく言うのも違う気がして。
「……あんま無理して毎日待たなくていいから」
結局、そんな言い方になった。
木南が少しだけ笑う。
「……優しいね、早手」
「いや、そういうんじゃ……」
「分かってるよ」
「…………」
「でも、私が待ちたいの」
木南はそう言って、また前を向いた。
しばらく、2人とも何も話さずに歩いた。
夕方の道。
車の音と、時々すれ違う人の声だけが聞こえる。
「…………」
水乃。
今頃、慎と帰ってんのかな。
さっき、慎が一緒に帰ろうって言ってた。
水乃は普通に頷いてた。
……俺が誘っても、最近は断ってばっかだったくせに。
慎とは、そんな簡単に帰んの?
あいつといる時は、そんな楽しそうに笑えんの?
「…………」
……くそ。
また考えてる。
「……そういえばさ」
木南がふいに口を開いた。
「ん?」
「私、この前水乃ちゃんと話したんだ」
「…………」
思わず、足が止まりそうになった。
「……水乃と?」
「うん」
木南は何でもないことみたいに頷く。
「ちょっと前なんだけどね」
「…………」
水乃。
木南。
その2人の名前が並んだ瞬間、頭の中に浮かんだのは、あの日の体育館だった。
『早手だって……!!』
言いかけて。
何も言わなくなった水乃。
『……木南さんは』
あの時も、木南のことを何か言おうとしてた。
俺が聞いても、結局何も話さなかった。
「…………」
……まさか。
「……何話したの?」
思ったより低い声が出た。
木南が俺を見る。
「え?」
「水乃と。何話したの?」
「……あぁ」
木南が少しだけ笑った。
「いろいろだよ」
「いろいろって?」
「家のこととか、早手のこととか」
「…………」
早手のこと。
その言葉に、胸の奥が妙にざわついた。
「……俺の?」
「うん」
木南は何でもないことみたいに頷いた。
「水乃ちゃん、ちゃんと話聞いてくれたよ」
「…………」
「私が早手に助けてもらったことも、全部」
木南が少しだけ嬉しそうに笑う。
「それでね……」
「…………」
俺は、木南の次の言葉を待った。
何となく。
嫌な予感がした。
水乃が、あの時。
何を言いかけたのか。
その理由が。
今から分かる気がした。
早手Side
「早手、行こ!」
着替えを終えて体育館を出ると、木南がすぐに俺のところへ駆け寄ってきた。
……また待ってたのかよ。
最近は、部活が終わる頃になると当たり前みたいに木南がいる。別に約束したわけでもないのに、俺が出てくるまでずっと待ってるらしい。
「……毎日待たなくていいって言ってんじゃん」
「いいじゃん。私が勝手に待ってるだけだし」
「いや、そういう問題じゃ……」
「ね、帰ろ?」
木南が俺の隣に並ぶ。
少し前だったら、こんなふうに一緒に帰ること自体なかったと思う。
でも、あの件があってから、どうしても以前みたいに冷たく突き放せなくなった。
家のことでいろいろあったのも知ってるし、あいつが俺を頼ってた理由も、今なら分かる。
だからって、別に木南のことを好きになったわけじゃない。
ただ、何かあった時に話くらいは聞いてやろうと思うようになっただけだ。
……それだけなんだけど。
「早手?」
「……何?」
「聞いてる?」
「聞いてるって」
「絶対聞いてなかったでしょ」
木南が少し不満そうに俺を覗き込む。
「……悪い。何だっけ」
「もう。今日の部活どうだったって聞いたの」
「あぁ……普通」
「普通って何?」
「普通は普通だろ」
「ふふっ、何それ」
木南が笑う。
俺は適当に返事をしながら、さっきの体育館の光景を思い出していた。
慎と水乃。
練習が終わったあと、慎が水乃のところへ行って、何か話してた。
水乃は笑ってた。
俺には最近、あんなふうに笑ってくれねぇのに。
しかも、慎が何か言った瞬間、水乃が少し照れたみたいに顔を逸らして。
……あれ、何なんだよ。
前から仲がいいのは知ってる。
でも最近の2人は、明らかに前と違う。
あの3連休。
慎とデートしてから。
「…………」
考えたくねぇ。
何してきたんだよ、あいつら。
水乃は俺に、早手とのこと忘れたいって言った。
それから慎と出かけて。
帰ってきたら、前よりもっと慎と近くなってる。
……そんな簡単に。
俺とのこと、忘れられんの?
「……早手!」
「っ……何?」
「だから、聞いてる?」
「……聞いてるって」
「嘘。さっきから全然こっち見てくれないじゃん」
木南が俺の前に少し回り込む。
「……何だよ」
「何か考え事?」
「別に」
「ほんと?」
「うん」
木南はしばらく俺の顔を見ていたけど、やがて小さく笑った。
「……水乃ちゃん?」
「…………」
思わず木南を見る。
「何で?」
「だって、最近ずっとそんな感じだから」
「そんな感じって?」
「何か考えてる時、早手ってすぐ顔に出るよね」
「出てねぇよ」
「出てるって」
木南が笑う。
「それに、さっき体育館で水乃ちゃんのこと見てたでしょ」
「…………」
見られてたのかよ。
「……別に」
「慎くんと一緒にいたもんね」
「…………」
その名前を聞いただけで、また胸の奥がざわついた。
木南は俺の反応を見ながら、少しだけ声を落とす。
「最近、2人仲いいよね」
「……前からだろ」
「そうだけど、前よりもっと仲よくなった気がする」
「…………」
そんなの。
言われなくても分かってる。
「……別に、あいつらが何してようが関係ねぇし」
口にした瞬間、自分でも嘘だと思った。
関係ないわけねぇだろ。
俺がどんだけ気にしてると思ってんだよ。
木南が少しだけ俺を見る。
「……そっか」
「…………」
「でも、早手はまだ水乃ちゃんのこと好きなんでしょ?」
「……うん」
迷わず答えた。
そこだけは、何も変わってない。
木南が一瞬黙る。
「……そっか」
少し寂しそうに笑った。
「……悪い」
「何で謝るの?」
「いや……」
「いいよ。知ってるし」
木南はそう言って、また俺の隣に並んだ。
「私だって、まだ早手のこと好きだもん」
「…………」
知ってる。
それも。
だからこそ、最近の木南との距離には少し困ってる。
俺は水乃が好きだって、ちゃんと言ってる。
木南もそれを分かってる。
なのに、毎日俺のところに来て、一緒に帰ろうって誘ってくる。
……何考えてんだろ。
「ねぇ、早手」
「何?」
「私、最近ちょっと嬉しいんだ」
「……何が?」
「早手が前より話してくれるようになったから」
「…………」
木南が俺を見上げる。
「前はさ、私が話しかけてもすぐ面倒くさそうにしてたじゃん」
「……まぁ」
「でも最近は、ちゃんと話聞いてくれるし」
「…………」
「今日だって、一緒に帰ってくれてる」
木南が嬉しそうに笑う。
俺は何も言えなかった。
別に、特別な意味があるわけじゃない。
ただ、あの件があったから。
それだけ。
でも、木南にとっては違うんだろうなってことくらいは分かった。
「……木南」
「ん?」
「俺、別に……」
そこまで言って、少し迷った。
期待させたくない。
でも、今ここで冷たく言うのも違う気がして。
「……あんま無理して毎日待たなくていいから」
結局、そんな言い方になった。
木南が少しだけ笑う。
「……優しいね、早手」
「いや、そういうんじゃ……」
「分かってるよ」
「…………」
「でも、私が待ちたいの」
木南はそう言って、また前を向いた。
しばらく、2人とも何も話さずに歩いた。
夕方の道。
車の音と、時々すれ違う人の声だけが聞こえる。
「…………」
水乃。
今頃、慎と帰ってんのかな。
さっき、慎が一緒に帰ろうって言ってた。
水乃は普通に頷いてた。
……俺が誘っても、最近は断ってばっかだったくせに。
慎とは、そんな簡単に帰んの?
あいつといる時は、そんな楽しそうに笑えんの?
「…………」
……くそ。
また考えてる。
「……そういえばさ」
木南がふいに口を開いた。
「ん?」
「私、この前水乃ちゃんと話したんだ」
「…………」
思わず、足が止まりそうになった。
「……水乃と?」
「うん」
木南は何でもないことみたいに頷く。
「ちょっと前なんだけどね」
「…………」
水乃。
木南。
その2人の名前が並んだ瞬間、頭の中に浮かんだのは、あの日の体育館だった。
『早手だって……!!』
言いかけて。
何も言わなくなった水乃。
『……木南さんは』
あの時も、木南のことを何か言おうとしてた。
俺が聞いても、結局何も話さなかった。
「…………」
……まさか。
「……何話したの?」
思ったより低い声が出た。
木南が俺を見る。
「え?」
「水乃と。何話したの?」
「……あぁ」
木南が少しだけ笑った。
「いろいろだよ」
「いろいろって?」
「家のこととか、早手のこととか」
「…………」
早手のこと。
その言葉に、胸の奥が妙にざわついた。
「……俺の?」
「うん」
木南は何でもないことみたいに頷いた。
「水乃ちゃん、ちゃんと話聞いてくれたよ」
「…………」
「私が早手に助けてもらったことも、全部」
木南が少しだけ嬉しそうに笑う。
「それでね……」
「…………」
俺は、木南の次の言葉を待った。
何となく。
嫌な予感がした。
水乃が、あの時。
何を言いかけたのか。
その理由が。
今から分かる気がした。
