385 ― 早手Side
早手Side
最近、木南がやたら俺のところに来る。
休み時間になれば教室まで来るし、廊下ですれ違えば必ず声をかけてくる。部活が終わる頃には体育館の前で待ってることも珍しくなくなった。
前からそういうところはあったけど、最近は明らかに違う。
……距離が近い。
「早手!」
教室の入口から聞こえてきた声に、思わずため息が出た。
「……何?」
「ちょっといい?」
「また?」
「またって何よ」
「いや、さっきも来たじゃん」
「だって、話したいことがあるんだもん」
木南はそう言って笑うと、俺の机のところまで来た。
少し前だったら、適当に返事して終わらせてたと思う。正直、今だって毎回相手するのは面倒くさい。
でも。
「……何の話?」
結局、そう聞いてしまう。
「この前のことなんだけど……」
木南が少し声を落とした。
家のこと。
あれからどうなったのか、最近はどんな様子なのか。木南は時々、そういう話を俺にするようになった。
前みたいに全部を隠して、何でもないって笑うことは減ったと思う。
それ自体は、別に悪いことじゃない。
ただ、あの件があってから、俺も木南に対して以前みたいな態度を取れなくなっていた。
あいつが家でどんな思いをしてたのか。
何であんなに俺に連絡してきてたのか。
何も知らなかった頃なら、面倒くさいの一言で突き放せた。
でも、今は違う。
あんなことがあった後で、また冷たく突き放すのはさすがに気が引ける。
「……そっか」
「うん。だから、ちょっと安心した」
「ならよかったじゃん」
「……早手のおかげだよ」
「いや、俺何もしてねぇし」
「そんなことないよ」
木南が笑う。
俺はそれ以上何も言わず、机の上に置いていたスマホへ視線を戻した。
話は終わったと思ったのに、木南はまだ俺の隣に立っていた。
「……まだ何かあんの?」
「え?」
「話、終わったんじゃねぇの?」
「うん。でも、もうちょっと一緒にいたいなって」
「…………」
またそれ。
「……俺、今から真澄たちと行くから」
「どこ?」
「購買」
「私も行こうかな」
「いや、何でだよ」
「いいじゃん、一緒に行くだけだし」
木南が楽しそうに笑う。
別に、俺と木南が一緒に購買へ行ったところで何かあるわけじゃない。
でも。
最近、こういうのが多すぎる。
「……木南」
「ん?」
「毎回俺について来なくていいから」
「えー、何で?」
「何でって……」
「迷惑?」
そう聞かれると、少し言葉に詰まった。
迷惑じゃないと言えば嘘になる。
でも、今の木南にそんな言い方をするのも違う気がした。
「……そういうんじゃねぇけど」
「じゃあいいじゃん」
「…………」
木南が嬉しそうに笑う。
……いや、よくねぇだろ。
そう思ったけど、結局それ以上は言わなかった。
***
放課後。
体育館に入ると、すでに慎たちがアップを始めていた。
「早手、おせぇ!」
「まだ時間前だろ」
「真澄がさっきからうるせぇんだよ」
「慎、お前もだろ」
「俺は普通に待ってただけ」
「嘘つけ」
いつも通りのやり取りをしながら、荷物を置いて練習に加わる。
ボールを受け取って、軽くドリブルをつく。
体育館に響く音。
シューズが床を擦る感覚。
こういう時間は、余計なことを考えずに済む。
……はずだった。
「慎、これでいい?」
少し離れたところから聞こえた声に、反射的に顔を上げた。
水乃。
ベンチのところで、慎に何かを渡している。
「おう、ありがと」
「うん」
「水乃、あとであれも頼んでいい?」
「いいよ」
「助かるわ」
慎が笑う。
水乃も笑った。
「…………」
また。
最近、こういうのばっかだ。
慎が水乃のところへ行けば、あいつは普通に笑う。
水乃から慎に話しかけることだってある。
部活中も、休み時間も、放課後も。
気づけば2人が一緒にいる。
それ自体は、前から珍しいことじゃなかった。
慎と水乃は昔から仲がいいし、俺だってそれは分かってる。
でも。
最近は、明らかに違う。
……何かあったんだろ。
あの3連休。
慎と出かけてから。
「…………」
思い出したくもねぇ。
あの日。
水乃は俺があんだけ行ってほしくないって言ったのに、結局慎と出かけた。
しかも。
その前に。
『……いままでのこと、忘れたい』
『早手とのこと、忘れたい……』
「…………」
今でも、あの声が頭から離れない。
忘れたい。
俺とのことを。
あんなに一緒にいたのに。
小さい頃からずっと隣にいて、付き合ってからだって、いろんなことがあった。
喧嘩もしたし、泣かせたこともある。
でも。
楽しかったことだって、いっぱいあっただろ。
俺は。
今でも全部覚えてる。
水乃と初めて付き合った日のことも。
初めてキスした時のことも。
くだらねぇことで笑ったことも。
あいつが俺の腕の中で安心したみたいに笑ってたことも。
全部。
忘れたくねぇよ。
なのに。
水乃は。
忘れたいって。
「……早手!」
「っ……あ?」
慎の声に顔を上げる。
「パス!」
「あぁ、悪い」
飛んできたボールを受け取って、そのままシュートを打つ。
リングに当たって、ボールが跳ね返った。
「珍し」
「うるせぇ」
「今日も調子悪い?」
「別に」
「手首、まだ痛ぇの?」
「もう平気」
「ならいいけど」
慎がボールを拾いに行く。
その背中を、何となく目で追った。
慎。
昔から一緒にバスケやってきたし、気が合う。
くだらねぇことで言い合って、笑って。
親友だと思ってる。
……今も。
でも。
水乃のことになると、話は別だった。
あいつが水乃を好きなのは知ってる。
前から。
俺と水乃が付き合ってた時だって、慎は水乃のことを好きだった。
それでも、あいつはずっと俺たちの近くにいた。
俺が水乃を泣かせた時には、慎がそばにいたことも知ってる。
だから。
慎が水乃を大事にしてることくらい、分かってる。
分かってるけど。
……だから何だよ。
俺だって。
水乃が好きなんだけど。
「…………」
もう別れてる。
水乃が誰と出かけようが、誰を好きになろうが、俺が決められることじゃない。
そんなの、何回も考えた。
でも。
納得できるわけねぇだろ。
俺はまだ好きなんだから。
好きだって何回も言ってる。
一緒にいたいって伝えてる。
諦めねぇって言った。
それなのに、水乃は俺から離れていく。
俺が近づけば、少しずつ距離を取って。
目が合いそうになれば逸らして。
まともに話せない日まで増えた。
そのくせ慎とは、普通に笑ってる。
……何なんだよ。
俺のこと忘れたいって言ったくせに。
そんなに簡単に。
慎の方、見れんの?
***
練習が終わって、荷物を取りに戻った時だった。
ベンチの方から、水乃の笑い声が聞こえた。
「…………」
また慎。
タオルを首にかけた慎が、水乃の隣に立って何か話している。
水乃は少し俯きながら笑っていた。
その顔を見て、胸の奥がざわつく。
……最近。
あいつ、慎の前でよくあんな顔する。
前から笑ってた。
でも、今は。
何か違う。
慎が少し顔を近づけると、水乃が照れたみたいに目を逸らした。
「…………」
は?
何それ。
何で照れてんの。
慎が何か言ったのか、水乃がその腕を軽く叩く。
慎は楽しそうに笑ってる。
「…………」
……マジで。
何なんだよ。
あの3連休。
お前ら、何してきたの。
「早手?」
後ろから声をかけられて、振り返る。
木南だった。
「……何?」
「もう終わった?」
「終わったけど」
「じゃあ、一緒に帰ろ?」
「…………」
また。
最近、毎日のようにこれだ。
「……木南」
「ん?」
「毎日待たなくていいって」
「だって、一緒に帰りたいんだもん」
「…………」
木南が俺を見上げる。
その顔を見て、少しだけ言葉に詰まった。
前だったら。
何も考えずに断ってた。
でも、今は。
「……俺、まだ片づけあるから」
「うん。待ってる」
「いや、だから……」
「大丈夫。急いでないし」
そう言って、木南が笑った。
「…………」
……はぁ。
結局、何も言えなかった。
ふと、もう一度ベンチの方を見る。
慎が水乃に何か言ってる。
水乃が笑う。
俺には。
もう、あんなふうに笑ってくれねぇのに。
「…………」
水乃。
お前。
俺のこと忘れたいって言ったよな。
……本当に。
忘れようとしてんの?
俺がまだこんなに好きなのに。
お前は。
もう慎のことしか見てねぇの……?
早手Side
最近、木南がやたら俺のところに来る。
休み時間になれば教室まで来るし、廊下ですれ違えば必ず声をかけてくる。部活が終わる頃には体育館の前で待ってることも珍しくなくなった。
前からそういうところはあったけど、最近は明らかに違う。
……距離が近い。
「早手!」
教室の入口から聞こえてきた声に、思わずため息が出た。
「……何?」
「ちょっといい?」
「また?」
「またって何よ」
「いや、さっきも来たじゃん」
「だって、話したいことがあるんだもん」
木南はそう言って笑うと、俺の机のところまで来た。
少し前だったら、適当に返事して終わらせてたと思う。正直、今だって毎回相手するのは面倒くさい。
でも。
「……何の話?」
結局、そう聞いてしまう。
「この前のことなんだけど……」
木南が少し声を落とした。
家のこと。
あれからどうなったのか、最近はどんな様子なのか。木南は時々、そういう話を俺にするようになった。
前みたいに全部を隠して、何でもないって笑うことは減ったと思う。
それ自体は、別に悪いことじゃない。
ただ、あの件があってから、俺も木南に対して以前みたいな態度を取れなくなっていた。
あいつが家でどんな思いをしてたのか。
何であんなに俺に連絡してきてたのか。
何も知らなかった頃なら、面倒くさいの一言で突き放せた。
でも、今は違う。
あんなことがあった後で、また冷たく突き放すのはさすがに気が引ける。
「……そっか」
「うん。だから、ちょっと安心した」
「ならよかったじゃん」
「……早手のおかげだよ」
「いや、俺何もしてねぇし」
「そんなことないよ」
木南が笑う。
俺はそれ以上何も言わず、机の上に置いていたスマホへ視線を戻した。
話は終わったと思ったのに、木南はまだ俺の隣に立っていた。
「……まだ何かあんの?」
「え?」
「話、終わったんじゃねぇの?」
「うん。でも、もうちょっと一緒にいたいなって」
「…………」
またそれ。
「……俺、今から真澄たちと行くから」
「どこ?」
「購買」
「私も行こうかな」
「いや、何でだよ」
「いいじゃん、一緒に行くだけだし」
木南が楽しそうに笑う。
別に、俺と木南が一緒に購買へ行ったところで何かあるわけじゃない。
でも。
最近、こういうのが多すぎる。
「……木南」
「ん?」
「毎回俺について来なくていいから」
「えー、何で?」
「何でって……」
「迷惑?」
そう聞かれると、少し言葉に詰まった。
迷惑じゃないと言えば嘘になる。
でも、今の木南にそんな言い方をするのも違う気がした。
「……そういうんじゃねぇけど」
「じゃあいいじゃん」
「…………」
木南が嬉しそうに笑う。
……いや、よくねぇだろ。
そう思ったけど、結局それ以上は言わなかった。
***
放課後。
体育館に入ると、すでに慎たちがアップを始めていた。
「早手、おせぇ!」
「まだ時間前だろ」
「真澄がさっきからうるせぇんだよ」
「慎、お前もだろ」
「俺は普通に待ってただけ」
「嘘つけ」
いつも通りのやり取りをしながら、荷物を置いて練習に加わる。
ボールを受け取って、軽くドリブルをつく。
体育館に響く音。
シューズが床を擦る感覚。
こういう時間は、余計なことを考えずに済む。
……はずだった。
「慎、これでいい?」
少し離れたところから聞こえた声に、反射的に顔を上げた。
水乃。
ベンチのところで、慎に何かを渡している。
「おう、ありがと」
「うん」
「水乃、あとであれも頼んでいい?」
「いいよ」
「助かるわ」
慎が笑う。
水乃も笑った。
「…………」
また。
最近、こういうのばっかだ。
慎が水乃のところへ行けば、あいつは普通に笑う。
水乃から慎に話しかけることだってある。
部活中も、休み時間も、放課後も。
気づけば2人が一緒にいる。
それ自体は、前から珍しいことじゃなかった。
慎と水乃は昔から仲がいいし、俺だってそれは分かってる。
でも。
最近は、明らかに違う。
……何かあったんだろ。
あの3連休。
慎と出かけてから。
「…………」
思い出したくもねぇ。
あの日。
水乃は俺があんだけ行ってほしくないって言ったのに、結局慎と出かけた。
しかも。
その前に。
『……いままでのこと、忘れたい』
『早手とのこと、忘れたい……』
「…………」
今でも、あの声が頭から離れない。
忘れたい。
俺とのことを。
あんなに一緒にいたのに。
小さい頃からずっと隣にいて、付き合ってからだって、いろんなことがあった。
喧嘩もしたし、泣かせたこともある。
でも。
楽しかったことだって、いっぱいあっただろ。
俺は。
今でも全部覚えてる。
水乃と初めて付き合った日のことも。
初めてキスした時のことも。
くだらねぇことで笑ったことも。
あいつが俺の腕の中で安心したみたいに笑ってたことも。
全部。
忘れたくねぇよ。
なのに。
水乃は。
忘れたいって。
「……早手!」
「っ……あ?」
慎の声に顔を上げる。
「パス!」
「あぁ、悪い」
飛んできたボールを受け取って、そのままシュートを打つ。
リングに当たって、ボールが跳ね返った。
「珍し」
「うるせぇ」
「今日も調子悪い?」
「別に」
「手首、まだ痛ぇの?」
「もう平気」
「ならいいけど」
慎がボールを拾いに行く。
その背中を、何となく目で追った。
慎。
昔から一緒にバスケやってきたし、気が合う。
くだらねぇことで言い合って、笑って。
親友だと思ってる。
……今も。
でも。
水乃のことになると、話は別だった。
あいつが水乃を好きなのは知ってる。
前から。
俺と水乃が付き合ってた時だって、慎は水乃のことを好きだった。
それでも、あいつはずっと俺たちの近くにいた。
俺が水乃を泣かせた時には、慎がそばにいたことも知ってる。
だから。
慎が水乃を大事にしてることくらい、分かってる。
分かってるけど。
……だから何だよ。
俺だって。
水乃が好きなんだけど。
「…………」
もう別れてる。
水乃が誰と出かけようが、誰を好きになろうが、俺が決められることじゃない。
そんなの、何回も考えた。
でも。
納得できるわけねぇだろ。
俺はまだ好きなんだから。
好きだって何回も言ってる。
一緒にいたいって伝えてる。
諦めねぇって言った。
それなのに、水乃は俺から離れていく。
俺が近づけば、少しずつ距離を取って。
目が合いそうになれば逸らして。
まともに話せない日まで増えた。
そのくせ慎とは、普通に笑ってる。
……何なんだよ。
俺のこと忘れたいって言ったくせに。
そんなに簡単に。
慎の方、見れんの?
***
練習が終わって、荷物を取りに戻った時だった。
ベンチの方から、水乃の笑い声が聞こえた。
「…………」
また慎。
タオルを首にかけた慎が、水乃の隣に立って何か話している。
水乃は少し俯きながら笑っていた。
その顔を見て、胸の奥がざわつく。
……最近。
あいつ、慎の前でよくあんな顔する。
前から笑ってた。
でも、今は。
何か違う。
慎が少し顔を近づけると、水乃が照れたみたいに目を逸らした。
「…………」
は?
何それ。
何で照れてんの。
慎が何か言ったのか、水乃がその腕を軽く叩く。
慎は楽しそうに笑ってる。
「…………」
……マジで。
何なんだよ。
あの3連休。
お前ら、何してきたの。
「早手?」
後ろから声をかけられて、振り返る。
木南だった。
「……何?」
「もう終わった?」
「終わったけど」
「じゃあ、一緒に帰ろ?」
「…………」
また。
最近、毎日のようにこれだ。
「……木南」
「ん?」
「毎日待たなくていいって」
「だって、一緒に帰りたいんだもん」
「…………」
木南が俺を見上げる。
その顔を見て、少しだけ言葉に詰まった。
前だったら。
何も考えずに断ってた。
でも、今は。
「……俺、まだ片づけあるから」
「うん。待ってる」
「いや、だから……」
「大丈夫。急いでないし」
そう言って、木南が笑った。
「…………」
……はぁ。
結局、何も言えなかった。
ふと、もう一度ベンチの方を見る。
慎が水乃に何か言ってる。
水乃が笑う。
俺には。
もう、あんなふうに笑ってくれねぇのに。
「…………」
水乃。
お前。
俺のこと忘れたいって言ったよな。
……本当に。
忘れようとしてんの?
俺がまだこんなに好きなのに。
お前は。
もう慎のことしか見てねぇの……?
