水乃Side
慎に手を引かれたまま、人の流れを抜ける。
さっきまでより少し静かな通路に入ると、辺りの照明が青く変わった。
「クラゲ、こっちだって」
「うん」
慎の声に返事をしながら。
私は、繋がったままの手を見る。
「…………」
もう。
人もそんなに多くない。
はぐれる心配なんて、たぶんない。
それなのに。
慎は私の手を離さなかった。
「……慎」
「ん?」
「もう、はぐれないよ?」
「うん」
「…………」
普通に返事をされて、思わず慎を見る。
「……うん、じゃなくて」
「何?」
「だから……もう大丈夫だよ?」
言ってから。
なんだか自分から「手を離して」って言ってるみたいで、少しだけ嫌になった。
慎は一度、私たちの手を見る。
それから私の顔を見た。
「……嫌?」
「え?」
「手繋いでんの」
「…………」
聞かれて。
すぐに答えられなかった。
嫌。
じゃない。
慎の手は大きくて。
温かくて。
握られているのが嫌だなんて、全然思わない。
むしろ。
さっきからずっと意識してる。
「……嫌じゃ、ない」
小さな声で答える。
慎の目が少しだけ大きくなった。
「ほんと?」
「……うん」
「じゃあいいじゃん」
「…………」
嬉しそうに笑って。
慎はまた前を向いた。
繋いだ手は、そのまま。
「慎、なんか嬉しそう」
「そりゃ嬉しいだろ」
「……そんなに?」
「好きなやつと手繋いでんだから」
「…………っ」
また。
こういうことを普通に言う。
「水乃?」
「……知らない」
「何で拗ねんの?」
「拗ねてない」
「顔赤いけど」
「慎のせい!」
「俺なんもしてねぇじゃん」
「してる!」
笑いながら言う慎の腕を、繋いでいない方の手で軽く叩く。
「いてっ」
「全然痛くないでしょ」
「痛かった」
「嘘」
「じゃあ慰めて」
「やだ」
「冷たっ」
そんな話をしながら進んでいくと。
目の前に、青い光が広がった。
「……わぁ」
大きな水槽の中を。
いくつものクラゲが、ゆっくり浮かんでいる。
青い光に照らされながら、ふわふわと。
上へ。
下へ。
「きれい……」
思わず足を止めた。
「うん」
慎も隣で立ち止まる。
しばらく。
何も言わずにクラゲを見ていた。
「…………」
静か。
さっきまであんなに喋ってたのに。
ここでは、別に何も話さなくても嫌じゃなかった。
慎の手を握ったまま。
同じものを見ているだけ。
それが。
なんだか心地いい。
「…………」
ふと横を見る。
青い光に照らされた慎の横顔。
いつも見てるはずなのに。
制服じゃないからなのか。
場所が違うからなのか。
それとも。
手を繋いでるからなのか。
今日は。
何度も慎が違って見える。
「…………」
鼻、高いんだ。
そんなことを思ってしまって。
自分でびっくりする。
「水乃」
「……っ!」
急に慎がこっちを向いた。
目が合う。
「何?」
「な、何でもない」
「今俺のこと見てたじゃん」
「見てないよ」
「見てた」
「見てないって」
「じゃあ何でそんな慌ててんの?」
「慌ててない!」
慎が楽しそうに笑う。
「……かわい」
「え?」
「何でもない」
「今何か言ったでしょ」
「言ってねぇ」
「言った!」
「クラゲ見ろって」
「誤魔化した!」
慎が笑いながら水槽の方を向く。
「もう……」
私もクラゲへ視線を戻した。
でも。
さっきより。
隣にいる慎が気になって仕方なかった。
少し進んだところに、写真を撮っている人たちがいた。
青い水槽を背景にして、すごくきれい。
「水乃」
「ん?」
「写真撮ろ」
「また?」
「今日全然2人で撮ってねぇじゃん」
「さっき撮ったよ?」
「1枚だけだろ」
慎がスマホを出す。
「ほら」
「……うん」
今度は。
慎に「こっち来い」と言われる前に。
私から隣に立った。
「…………」
慎が一瞬だけ私を見る。
「何?」
「いや」
「何?」
「水乃から来たなって思って」
「写真撮るんでしょ!」
「はいはい」
慎が嬉しそうに笑う。
そのままスマホを前に出して。
「もうちょい入って」
「こう?」
「うん」
肩が触れる。
今度は。
さっきほど驚かなかった。
慎の腕が私の後ろへ回る。
「……っ」
肩に。
慎の手が、そっと触れた。
嫌なら離れられるくらい。
軽く。
「……水乃?」
私の反応を確かめるみたいに呼ばれる。
「…………うん」
それだけ答えた。
慎の腕はそのまま。
「撮るぞ」
「うん」
カシャッ。
「見せて」
「ほら」
慎と肩を寄せて笑ってる私。
さっき撮った写真より。
もっと距離が近い。
「…………」
「嫌?」
慎が聞く。
「何が?」
「近すぎた?」
「…………」
もう一度、写真を見る。
「……嫌じゃない」
そう答えると。
慎が少しだけ目を細めた。
「そっか」
それ以上、何も言わなかった。
また歩き始める。
慎の手が私の手を探すみたいに、少しだけ触れた。
でも。
今度は。
「…………」
私から。
その手を握った。
「……え」
慎が足を止める。
「何?」
「いや……」
繋いだ手を見る慎。
「水乃から繋いでくれんだって思って」
「……嫌なら離すけど」
少し恥ずかしくなって手を緩めようとした瞬間。
「離すわけねぇじゃん」
すぐに握り返された。
「…………」
慎の指が、私の手を包む。
「……行こ」
「うん」
それから。
私たちは手を繋いだまま、いくつかの展示を見て回った。
さっきよりも。
慎との距離が近くなった気がする。
話して。
笑って。
時々目が合って。
そのたびに、少しだけ胸が鳴る。
そんな自分が。
不思議だった。
少し前まで。
慎は慎だった。
昔から一緒にいる友達。
早手や真澄と一緒に、くだらないことを言って笑って。
私をからかって。
それだけだったのに。
今は。
繋いでる手を意識して。
近くに来られるとドキドキして。
慎が他のところを見てると、こっち見ないかなって思ってる。
「…………」
そんなことを考えていた時。
後ろから何人かの人が歩いてきた。
私が少し横へ避けようとした瞬間。
「あ、危な」
「え――」
慎に手を引かれた。
そのまま。
身体が慎の方へ傾く。
「……っ」
気づいた時には。
慎の胸元にいた。
「…………」
肩の辺りに慎の腕が回ってる。
すぐ近くに慎の顔。
「ごめん」
慎が私の顔を覗き込む。
「ぶつかりそうだった」
「……うん」
「大丈夫?」
「…………うん」
心臓が。
うるさい。
近い。
さっき写真を撮った時より。
ずっと。
「…………」
慎も。
少しだけ困ったみたいな顔をしていた。
「……水乃」
「な、何?」
「……いや」
慎の腕が、少し緩む。
離れようとしてる。
そう思った瞬間。
「…………」
私は。
無意識に。
慎の服を掴んでいた。
「……え」
慎の動きが止まる。
私も。
自分の手を見て、固まった。
「…………」
何してるんだろう。
「……水乃?」
「…………ご、ごめん」
慌てて離そうとする。
でも。
「いいよ」
慎は笑わなかった。
からかいもしなかった。
ただ。
少しだけ優しい顔をして。
私が掴んでいた手を、そっと離させる。
その代わりに。
慎が自分の手を差し出した。
「……行こっか」
「…………」
その手を見る。
さっきまでなら。
慎が私の手を取ってくれてた。
でも。
今度は。
私から。
慎の手に、自分の手を重ねた。
「……うん」
慎が握り返す。
その瞬間。
胸の奥が。
少しだけ温かくなった。
早手を忘れたいから。
慎といるんじゃなくて。
今は。
ただ。
慎と一緒にいるのが楽しい。
慎の隣にいるのが。
嬉しい。
「水乃、次あっち行こうぜ」
「うん」
繋いだ手に。
私から少しだけ力を込める。
慎も。
すぐに握り返してくれた。
その時はもう。
私の頭の中は。
慎のことでいっぱいになっていた。
慎に手を引かれたまま、人の流れを抜ける。
さっきまでより少し静かな通路に入ると、辺りの照明が青く変わった。
「クラゲ、こっちだって」
「うん」
慎の声に返事をしながら。
私は、繋がったままの手を見る。
「…………」
もう。
人もそんなに多くない。
はぐれる心配なんて、たぶんない。
それなのに。
慎は私の手を離さなかった。
「……慎」
「ん?」
「もう、はぐれないよ?」
「うん」
「…………」
普通に返事をされて、思わず慎を見る。
「……うん、じゃなくて」
「何?」
「だから……もう大丈夫だよ?」
言ってから。
なんだか自分から「手を離して」って言ってるみたいで、少しだけ嫌になった。
慎は一度、私たちの手を見る。
それから私の顔を見た。
「……嫌?」
「え?」
「手繋いでんの」
「…………」
聞かれて。
すぐに答えられなかった。
嫌。
じゃない。
慎の手は大きくて。
温かくて。
握られているのが嫌だなんて、全然思わない。
むしろ。
さっきからずっと意識してる。
「……嫌じゃ、ない」
小さな声で答える。
慎の目が少しだけ大きくなった。
「ほんと?」
「……うん」
「じゃあいいじゃん」
「…………」
嬉しそうに笑って。
慎はまた前を向いた。
繋いだ手は、そのまま。
「慎、なんか嬉しそう」
「そりゃ嬉しいだろ」
「……そんなに?」
「好きなやつと手繋いでんだから」
「…………っ」
また。
こういうことを普通に言う。
「水乃?」
「……知らない」
「何で拗ねんの?」
「拗ねてない」
「顔赤いけど」
「慎のせい!」
「俺なんもしてねぇじゃん」
「してる!」
笑いながら言う慎の腕を、繋いでいない方の手で軽く叩く。
「いてっ」
「全然痛くないでしょ」
「痛かった」
「嘘」
「じゃあ慰めて」
「やだ」
「冷たっ」
そんな話をしながら進んでいくと。
目の前に、青い光が広がった。
「……わぁ」
大きな水槽の中を。
いくつものクラゲが、ゆっくり浮かんでいる。
青い光に照らされながら、ふわふわと。
上へ。
下へ。
「きれい……」
思わず足を止めた。
「うん」
慎も隣で立ち止まる。
しばらく。
何も言わずにクラゲを見ていた。
「…………」
静か。
さっきまであんなに喋ってたのに。
ここでは、別に何も話さなくても嫌じゃなかった。
慎の手を握ったまま。
同じものを見ているだけ。
それが。
なんだか心地いい。
「…………」
ふと横を見る。
青い光に照らされた慎の横顔。
いつも見てるはずなのに。
制服じゃないからなのか。
場所が違うからなのか。
それとも。
手を繋いでるからなのか。
今日は。
何度も慎が違って見える。
「…………」
鼻、高いんだ。
そんなことを思ってしまって。
自分でびっくりする。
「水乃」
「……っ!」
急に慎がこっちを向いた。
目が合う。
「何?」
「な、何でもない」
「今俺のこと見てたじゃん」
「見てないよ」
「見てた」
「見てないって」
「じゃあ何でそんな慌ててんの?」
「慌ててない!」
慎が楽しそうに笑う。
「……かわい」
「え?」
「何でもない」
「今何か言ったでしょ」
「言ってねぇ」
「言った!」
「クラゲ見ろって」
「誤魔化した!」
慎が笑いながら水槽の方を向く。
「もう……」
私もクラゲへ視線を戻した。
でも。
さっきより。
隣にいる慎が気になって仕方なかった。
少し進んだところに、写真を撮っている人たちがいた。
青い水槽を背景にして、すごくきれい。
「水乃」
「ん?」
「写真撮ろ」
「また?」
「今日全然2人で撮ってねぇじゃん」
「さっき撮ったよ?」
「1枚だけだろ」
慎がスマホを出す。
「ほら」
「……うん」
今度は。
慎に「こっち来い」と言われる前に。
私から隣に立った。
「…………」
慎が一瞬だけ私を見る。
「何?」
「いや」
「何?」
「水乃から来たなって思って」
「写真撮るんでしょ!」
「はいはい」
慎が嬉しそうに笑う。
そのままスマホを前に出して。
「もうちょい入って」
「こう?」
「うん」
肩が触れる。
今度は。
さっきほど驚かなかった。
慎の腕が私の後ろへ回る。
「……っ」
肩に。
慎の手が、そっと触れた。
嫌なら離れられるくらい。
軽く。
「……水乃?」
私の反応を確かめるみたいに呼ばれる。
「…………うん」
それだけ答えた。
慎の腕はそのまま。
「撮るぞ」
「うん」
カシャッ。
「見せて」
「ほら」
慎と肩を寄せて笑ってる私。
さっき撮った写真より。
もっと距離が近い。
「…………」
「嫌?」
慎が聞く。
「何が?」
「近すぎた?」
「…………」
もう一度、写真を見る。
「……嫌じゃない」
そう答えると。
慎が少しだけ目を細めた。
「そっか」
それ以上、何も言わなかった。
また歩き始める。
慎の手が私の手を探すみたいに、少しだけ触れた。
でも。
今度は。
「…………」
私から。
その手を握った。
「……え」
慎が足を止める。
「何?」
「いや……」
繋いだ手を見る慎。
「水乃から繋いでくれんだって思って」
「……嫌なら離すけど」
少し恥ずかしくなって手を緩めようとした瞬間。
「離すわけねぇじゃん」
すぐに握り返された。
「…………」
慎の指が、私の手を包む。
「……行こ」
「うん」
それから。
私たちは手を繋いだまま、いくつかの展示を見て回った。
さっきよりも。
慎との距離が近くなった気がする。
話して。
笑って。
時々目が合って。
そのたびに、少しだけ胸が鳴る。
そんな自分が。
不思議だった。
少し前まで。
慎は慎だった。
昔から一緒にいる友達。
早手や真澄と一緒に、くだらないことを言って笑って。
私をからかって。
それだけだったのに。
今は。
繋いでる手を意識して。
近くに来られるとドキドキして。
慎が他のところを見てると、こっち見ないかなって思ってる。
「…………」
そんなことを考えていた時。
後ろから何人かの人が歩いてきた。
私が少し横へ避けようとした瞬間。
「あ、危な」
「え――」
慎に手を引かれた。
そのまま。
身体が慎の方へ傾く。
「……っ」
気づいた時には。
慎の胸元にいた。
「…………」
肩の辺りに慎の腕が回ってる。
すぐ近くに慎の顔。
「ごめん」
慎が私の顔を覗き込む。
「ぶつかりそうだった」
「……うん」
「大丈夫?」
「…………うん」
心臓が。
うるさい。
近い。
さっき写真を撮った時より。
ずっと。
「…………」
慎も。
少しだけ困ったみたいな顔をしていた。
「……水乃」
「な、何?」
「……いや」
慎の腕が、少し緩む。
離れようとしてる。
そう思った瞬間。
「…………」
私は。
無意識に。
慎の服を掴んでいた。
「……え」
慎の動きが止まる。
私も。
自分の手を見て、固まった。
「…………」
何してるんだろう。
「……水乃?」
「…………ご、ごめん」
慌てて離そうとする。
でも。
「いいよ」
慎は笑わなかった。
からかいもしなかった。
ただ。
少しだけ優しい顔をして。
私が掴んでいた手を、そっと離させる。
その代わりに。
慎が自分の手を差し出した。
「……行こっか」
「…………」
その手を見る。
さっきまでなら。
慎が私の手を取ってくれてた。
でも。
今度は。
私から。
慎の手に、自分の手を重ねた。
「……うん」
慎が握り返す。
その瞬間。
胸の奥が。
少しだけ温かくなった。
早手を忘れたいから。
慎といるんじゃなくて。
今は。
ただ。
慎と一緒にいるのが楽しい。
慎の隣にいるのが。
嬉しい。
「水乃、次あっち行こうぜ」
「うん」
繋いだ手に。
私から少しだけ力を込める。
慎も。
すぐに握り返してくれた。
その時はもう。
私の頭の中は。
慎のことでいっぱいになっていた。
