beautiful love ★ 俺様boyと天然girl

水乃Side

水族館の中に入ると、少しひんやりした空気に包まれた。

薄暗い館内に青い光が揺れていて、目の前に広がる大きな水槽の中を、たくさんの魚がゆっくり泳いでいる。

「……わぁ」

思わず声が出た。

「すご……」

隣で慎も水槽を見上げてる。

「慎、さっき水族館好きって言ってたもんね」

「うん。普通にテンション上がる」

「ふふっ、子どもみたい」

「水乃も同じ顔してるけど?」

「してないよ」

「してるって」

慎が笑いながら私の顔を覗き込んでくる。

「めっちゃ嬉しそう」

「……だって、すごいんだもん」

そう言ってもう一度水槽を見る。

目の前を大きな魚が横切って、その後ろを小さな魚の群れが一斉についていった。

「見て、慎!」

「ん?」

「あれ、すごくない?」

「おー、すげぇ」

そう言いながら、慎が私の隣まで来る。

肩が触れそうなくらい近い。

でも私は魚に夢中で、あまり気にしていなかった。

「……水乃」

「何?」

「いや、何でもない」

「?」

慎を見ると、なぜか笑ってる。

「何で笑ってるの?」

「楽しそうだなって思って」

「慎だって楽しそうじゃん」

「まぁな」

そう言った慎は、水槽じゃなくて私を見ていた。

「…………?」

「ほら、水乃。あれ」

すぐに水槽へ視線を戻した慎が、奥を指差す。

「……あれ、真澄っぽい」

「え?」

「ほら。あの魚」

「どこが!?」

「顔」

「真澄に怒られるよ」

「言わなきゃバレねぇって」

「私、次会ったら言おうかな」

「やめろって!」

「ふふっ」

慎と顔を見合わせて笑う。

次の水槽へ移動しようと歩き出すと、慎もすぐ隣に並んだ。

私が立ち止まれば、慎も止まる。

私が気になる水槽を見つけて少し戻れば、何も言わずについてくる。

「慎、先見てていいよ?」

「何で?」

「私、見るの遅いから」

「別にいいじゃん」

慎は当たり前みたいに言った。

「俺も一緒に見るし」

「…………」

「水乃が見たいなら見ようぜ」

そう言って、私の隣に立つ。

急かさないんだ。

そんな小さなことが、なんだか嬉しかった。

次の水槽へ行くと、慎は説明までちゃんと読んでいた。

「慎、意外と真面目に見るんだね」

「さっきから俺のこと何だと思ってんの?」

「落ち着きない人」

「お前なぁ……」

呆れた顔をされた。

でもすぐ。

「あ、水乃。こっち」

「何?」

慎が少し屈んで、私が見やすいように場所を空けてくれる。

「これ見ろって」

呼ばれて慎の隣へ入る。

小さな水槽の中。

岩陰から、変な顔をした魚がこっちを見ていた。

「…………」

「…………」

2人でしばらく見つめる。

「……変な顔」

「だろ?」

「慎に似てる」

「は!?」

思わず吹き出した。

「ちょ、水乃!」

「だって……ふふっ」

「さっき俺が真澄に似てるって言ったからって仕返しかよ」

「違うよ。本当に似てる」

「全然似てねぇ!」

笑いながら先へ行こうとした時。

「水乃」

「ん?」

振り向いた瞬間。

カシャッ。

「……え?」

慎のスマホがこっちを向いていた。

「撮れた」

「ちょっと!」

「何?」

「今の消して!」

「やだ」

「慎!」

スマホを取ろうとすると、慎が腕を上げる。

「届かねーじゃん」

「もうっ……! 見せて!」

「分かったって」

笑いながら画面をこっちへ向ける。

そこに写っていたのは。

水槽を背にして、笑っている私。

「…………」

思っていたより。

ずっと楽しそうな顔をしていた。

「いいじゃん」

慎が画面を見ながら言う。

「かわいい」

「……またそういうこと言う」

「ほんとのことだけど」

「…………」

恥ずかしくなって、慎から顔を逸らす。

「消してほしい?」

「……え?」

さっきまでふざけてたのに。

慎が少しだけ真面目な顔で聞いてきた。

「水乃が嫌なら消す」

「…………」

私はもう一度、画面を見る。

笑ってる私。

慎から見た私は。

こんな顔してたんだ。

「……別に、いい」

「ほんと?」

「うん」

その瞬間。

慎がすごく嬉しそうに笑った。

「じゃあ残しとく」

「そんなに嬉しいの?」

「そりゃ嬉しいだろ」

「何で?」

「好きなやつの写真増えるんだから」

「……っ」

さらっと言われて、言葉に詰まる。

慎はそんな私を見て笑うと、先に歩き出した。

「水乃、行くぞ」

「……もう」

少し熱くなった頬を誤魔化しながら、その後を追いかける。

ペンギンのいるエリアへ着くと、今度は私の方が一気にテンションが上がった。

「かわいい……!」

ガラスの前まで近づく。

水の中をすごい速さで泳いでいたペンギンが、私たちの目の前を横切っていく。

「慎、見て! 今の!」

「見た見た」

「速い!」

「水乃、めっちゃ楽しそう」

「だってかわいいもん」

そう答えながらペンギンを追っていると。

ふと。

ガラスに映った慎と目が合った。

「…………」

慎は。

ペンギンじゃなくて。

私を見ていた。

「……何?」

振り向く。

「ん?」

「今、私見てたでしょ」

「見てた」

否定もしない。

「……何で?」

「見たかったから」

「…………っ」

また。

そういうことを普通に言う。

「ペンギン見なよ」

「見てるって」

「今見てなかったじゃん」

「水乃の方が見てておもしろい」

「ひどい!」

「褒めてる」

「絶対違う」

笑いながら言う慎に、私も結局笑ってしまう。

少しして、慎がスマホを取り出した。

「水乃、こっち向いて」

「また撮るの?」

「いいじゃん。せっかく来たんだし」

「慎も入ってよ」

「俺も?」

「うん。一緒に撮ろ」

言ってから。

自分で少し驚いた。

でも慎は。

「……おう」

一瞬だけ嬉しそうに目を細めて、すぐ私の隣へ来た。

思っていたより近い。

肩が触れる。

「…………」

ほんの一瞬。

そこだけ意識してしまった。

慎がスマホを前に出す。

「水乃、もうちょいこっち」

「え?」

「入んねぇ」

言いながら。

慎の手が、私の肩に軽く触れた。

そのまま少しだけ、自分の方へ寄せられる。

「……っ」

肩と肩がぴったり触れた。

顔も近い。

「慎……近くない?」

「写真入んねぇんだって」

「ほんと?」

「ほんと」

そう言う慎の耳が。

少し赤い。

「…………」

慎も。

緊張してるんだ。

そう思ったら。

さっきまでの恥ずかしさが、少しだけ違うものに変わった。

「ほら、笑って」

「……うん」

カシャッ。

画面には。

肩を寄せて笑ってる私と慎。

「……いいじゃん」

慎が呟く。

「うん」

私も自然にそう答えていた。

「あとで送って」

「おう。絶対送る」

慎と一緒に撮った写真。

欲しいって。

そう思った。

「次どこ行く?」

「んー……あっち」

「じゃ、行こ」

歩き出した私の隣に、慎が並ぶ。

人とすれ違う時には、さりげなく慎が私の外側へ回って。

後ろから人が来れば、私の肩に軽く手を添えて避けさせてくれる。

「……慎」

「ん?」

「今日、なんか優しくない?」

「今日“も”だろ」

「えー?」

「何その反応」

「ふふっ」

また笑う。

気になるものを見つけるたびに慎を呼んで。

慎も私を呼んで。

いつの間にか。

私が少し先に行けば慎を探して。

慎が見えなくなれば、無意識に辺りを見回して。

見つけたら。

少し安心する。

「…………」

そこで、ふと気づいた。

私。

さっきから。

早手のこと、考えてなかった。

忘れたいって思って。

考えないようにしようって。

ずっと意識してたはずなのに。

今は。

そんなことすら忘れてた。

慎と話して。

慎と笑って。

慎が私を見て笑ってくれるのが嬉しくて。

普通に。

楽しかった。

「水乃?」

「……え?」

「何ぼーっとしてんの?」

少し先にいた慎が、私を待ってる。

「何でもない」

「次、クラゲだって」

「ほんと?」

「おう。行こ」

「うん」

慎のところへ向かおうとした時。

ちょうど団体のお客さんが横から入ってきた。

一気に人が増える。

「わ……っ」

流れに押されるように、慎との間が離れた。

「慎……」

呼ぼうとした瞬間。

「水乃」

人の間から伸びてきた手が。

私の手を掴んだ。

「……っ」

そのまま引かれる。

「こっち」

慎だった。

人の流れから庇うように、自分の近くまで私を引き寄せる。

「大丈夫?」

「……うん」

慎の手が。

私の手を握ってる。

「…………」

思わずそこを見る。

慎も気づいたみたいで。

一瞬だけ、私たちの繋がった手に視線を落とした。

それから。

慎の指が少し動いて。

私の手を包み直すように、握り直した。

「……慎?」

「はぐれたら困るから」

「…………」

「水乃、すぐどっか行きそうだし」

「行かないよ」

「信用できねぇ」

「ひどい」

そう言いながらも。

慎は手を離さない。

私も。

離してとは言わなかった。

「……行こ」

「…………うん」

慎に手を引かれて歩き出す。

繋いだ手から伝わってくる温かさが。

さっきまでより少しだけ。

気になっていた。