beautiful love ★ 俺様boyと天然girl

水乃Side

「……私も、このままじゃダメだから」

「何が?」

「ちゃんと前に進まなきゃって……思ってる」

「…………」

早手の目が僅かに揺れた。

「それって……」

「…………」

その先を言わせたくなかった。

早手の口から聞いてしまったら、きっと私はまた何も言えなくなる。

膝の上で握っていた手に力を入れる。

「……いままでのこと、忘れたい」

言った瞬間。

胸の奥が痛んだ。

早手が何も言わない。

だから、もう一度。

今度は逃げないように顔を上げた。

「早手とのこと、忘れたい……」

「…………」

早手の顔から、表情が消えた。

怒ると思った。

何言ってんだって。

そんな簡単に忘れられると思ってんのかって。

何か言い返されると思った。

でも。

早手は何も言わなかった。

ただ、私を見ていた。

その目を見ていられなくなって、先に視線を落とす。

「……忘れたいって」

やっと聞こえた声は、さっきまでよりずっと静かだった。

「俺のこと?」

「…………」

「俺と付き合ってたことも?」

胸が苦しい。

楽しかったこと。

初めて手を繋いだこと。

早手の隣で笑ったこと。

喧嘩したこと。

好きって言ってもらったこと。

全部。

忘れたいわけない。

本当は、1つだって忘れたくない。

「……そうしないと」

声が震える。

「前に進めないから……」

「…………」

「私、ずっとこのままは嫌なの」

早手を好きなまま。

早手のことで泣いて。

少し優しくされただけで期待して。

離れようとしたくせに、近くに来てくれたら嬉しくなって。

そんな自分を。

終わらせたかった。

「だから……慎とも、ちゃんと向き合いたい」

「…………」

早手は何も言わない。

その沈黙が怖くて、私は俯いたまま続けた。

「慎はずっと待ってくれてるし……ちゃんと気持ちも伝えてくれたから」

「…………」

「私も、いつまでも曖昧なままじゃダメだと思う」

言葉にするたび。

これでいい。

これでいいんだって。

自分に言い聞かせてるみたいだった。

「…………」

長い沈黙のあと。

早手が、小さく息を吐いた。

そのまま床に手をついて、ゆっくり立ち上がる。

「…………」

私は何となく顔を上げられなかった。

「水乃」

「……っ」

名前を呼ばれて、肩が僅かに揺れる。

恐る恐る顔を上げた。

早手が私を見下ろしてる。

その顔からは、何を考えてるのか分からなかった。

怒ってる。

絶対。

あんなこと言ったんだから。

もしかしたら殴られるんじゃないかって、一瞬そんなことまで頭をよぎって。

思わず目を閉じそうになった。

でも。

「……手当て」

「え……?」

「ありがとうな」

「…………」

予想してなかった言葉に、何も返せなかった。

その直後。

早手の手が、私の頭に触れる。

「…………っ」

大きな手で。

そっと。

本当に優しく。

私の髪を撫でた。

「……早手」

怒らなかった。

責めもしなかった。

ただ一度だけ。

私の頭を優しく撫でて。

早手は手を離した。

「じゃあな」

「…………」

それだけ言って、私に背を向ける。

「…………」

待って。

そう言いたかった。

忘れたいなんて嘘だって。

本当は早手のことがまだ大好きだって。

今だって。

頭に残った早手の手の温かさだけで、泣きそうなくらい嬉しいって。

言いたかった。

でも。

言えなかった。

早手の背中が遠ざかっていく。

私はその場に座ったまま、何もできずに見送った。

「…………っ」

頭にそっと手を置く。

さっきまで。

早手の手があった場所。

忘れたいって言ったのは、私なのに。

こんなふうに優しくされたら。

忘れられるわけないじゃん……。