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「生理痛だと思うから、そんなに心配しなくても大丈夫よ」
先生にそう言われて、少しだけ力が抜けた。
教室でしゃがみ込んでた水乃は、顔も真っ青でまともに立てないくらいだったから。
何があったのかも分からないまま、とりあえずここまで連れてきた。
「……痛みって、あんなひどくなるんすか?」
「人によるわよ。今日は文化祭でいつもより動いてるし、疲れもあるかもしれないわね」
「……そうすか」
よく分かんねぇけど、とりあえず大したことじゃないならよかった。
ガラガラ――。
その時、保健室の扉が開いた。
反射的にそっちを見ると、お手洗いに行っていた水乃が戻ってきた。
さっきまで着ていた文化祭の衣装じゃなくて、もう制服に着替えている。
「修原さん、大丈夫?」
「あ、大丈夫です」
先生に声をかけられて、水乃が小さく頷く。
そう言いながらも、まだ少し顔色が悪い。
「まだお腹痛い?」
「ちょっとだけ……でも、さっきより全然大丈夫です」
「そう。無理しないで、もう少し休んでいきなさい」
「はい」
水乃が返事をして、一瞬だけ俺と目が合う。
でも、すぐに逸らされた。
……まあ。
そうなるよな。
「今日は文化祭で人も多いから、無理してすぐ戻らなくていいからね」
「はい……」
先生はそう言うと時計を確認して、机の上に置いていたものを手に取った。
「じゃあ先生、ちょっと校内を見てくるから。何かあったらここで待っててね」
「あ、はい」
「神崎くんも、ここまで連れてきてくれてありがとう」
「……はい」
ガラガラ――。
先生が保健室を出ていく。
扉が閉まると、さっきまで先生の声がしていた部屋が急に静かになった。
「…………」
水乃と。
俺だけ。
何週間ぶりだろ。
こんなふうに、あいつと2人きりになるの。
学校では毎日見てる。
同じ教室にいるんだから、嫌でも目には入る。
でも、話してない。
あの日。
もう関わらないでって言われてから、俺は水乃に話しかけるのをやめた。
慎と一緒にいても、一緒に帰ってても。
何も言わなかった。
本当は、何回も声かけそうになった。
慎が水乃の机のところにいるのを見るたび、2人で教室を出ていくのを見るたび。
何で俺じゃなくて慎なんだよって、ずっと思ってた。
それでも。
何も言わなかった。
それが水乃の望んだことなら、そうするしかねぇと思ったから。
「…………」
水乃は先生が出ていった扉を少しだけ見たあと、その場に立ったまま俯いている。
俺の方を見る気はないらしい。
「……大丈夫か?」
「…………うん」
「まだ痛い?」
「さっきよりは……大丈夫」
また、大丈夫。
さっき立てもしなかったくせに。
「……早手」
「ん?」
「もう、戻っていいよ」
「…………」
やっぱり。
そう言うと思った。
「別にいい」
「でも……」
「まだ顔色悪いじゃん」
「本当にもう大丈夫だから」
そう言いながら、水乃は俺の顔を見ない。
「……それに」
「何」
少し迷ってから、水乃が小さく口を開いた。
「木南さん……待ってるんじゃない?」
「…………」
何で。
ここであいつの名前が出てくる。
「別に待ってねぇだろ」
「でも……さっき一緒にいたじゃん」
水乃がゆっくり顔を上げる。
「一緒にビラ配ってたし……女の子が早手のところに来た時も、木南さんが連れていってたから」
見てたのか。
それなら。
俺と木南が一緒にいるところを見て、少しくらい嫌だと思ったのか。
そんな期待が、一瞬だけ浮かぶ。
「だから……戻ってあげた方がいいんじゃない?」
「…………」
何だよ、それ。
「……何でお前が気にすんの?」
「え……」
聞き方が悪いのは分かってる。
でも、聞かずにはいられなかった。
俺と木南が一緒にいたのが嫌だったって。
少しくらい、そう言ってほしかった。
「別に……気にしてないよ」
「…………」
胸の奥が、一気に冷めた。
……だよな。
「ただ、木南さんと一緒にいたから……そう思っただけ」
「……そ」
それ以上は聞かなかった。
これ以上聞いて、何になる。
こいつに関わるなって言われてんのは。
俺なんだから。
「……あいつのことはいいから」
「でも――」
「いいって」
少し強く言うと、水乃が黙った。
木南のことは言えない。
あいつが俺の近くにいる理由も、俺が強く突き放せない理由も、水乃には話せない。
「…………」
また、保健室に沈黙が落ちる。
「……じゃあ、私も戻る」
「は?」
「もう大丈夫だし」
「先生、休んどけって言ってただろ」
「ちょっと休んだし、大丈夫」
「ちょっとって……」
「優希たちも心配してると思うから」
水乃が扉の方へ身体を向ける。
「宗太もいるし……慎も心配してると思うし」
「…………」
また。
慎。
何で、そんな当たり前みたいに慎の名前が出てくんだよ。
最近、水乃の隣にいるのはほとんど慎だ。
朝も。
帰りも。
学校でも。
俺がずっといた場所に。
今は慎がいる。
今日だって、2人で文化祭を回ってた。
笑ってる水乃の隣にいたのは、俺じゃなくて慎だった。
……知ってる。
全部見てたから。
見たくなくても。
気づいたら、あいつばっか見てるから。
ブブッ――。
その時、水乃のスマホが震えた。
水乃が画面に目を落とす。
俺からも、表示された名前が見えた。
=桜乃 慎=
「…………」
慎。
また、お前かよ。
水乃は一瞬だけ俺を見る。
電話に出るか迷ったみたいに、スマホと俺を交互に見た。
少しして、水乃が通話ボタンを押す。
「……もしもし?」
声が小さい。
「うん……大丈夫。もう平気だから」
『――――』
「うん。ごめんね、急にいなくなって」
そう答えながら、ちらっと俺を見る。
目が合うと、またすぐに逸らされた。
俺がいるから。
話しづらいんだろうな。
「うん……大丈夫だから。じゃあ――」
明らかに、早く電話を切ろうとしてる。
それなのに。
電話の向こうに慎がいるってだけで、ムカつく。
俺がここにいるのに。
俺の目の前で、慎の声を聞いてる水乃を見るのが嫌だった。
『――――』
「あ……うん」
切れなかったらしい。
「…………」
俺が出てけばいい。
そうすれば、水乃だって普通に慎と話せる。
分かってんのに。
何で俺が出てかなきゃなんねぇんだよって思う。
自分でも、めちゃくちゃなのは分かってる。
「うん……また後でね」
また後で。
その言葉だけで、胸の奥がざらつく。
今日。
まだ慎と一緒にいるつもりなのか。
『――――』
「え?」
水乃が少しだけ目を見開く。
「今日の夜……?」
「…………っ」
――夜?
気づいた時には、もう身体が動いてた。
水乃との距離を一気に詰めて、後ろからその身体を強く抱き寄せる。
「今日は……ひゃっ!!」
……我慢できる理由、ねぇじゃん。。
