文化祭前日。
教室の準備も、ようやく終わりが見えてきていた。
俺は余った資材を別の教室に戻すよう頼まれて、段ボールを抱えて廊下を歩いていた。必要なものはほとんど教室に残して、使わなかった画用紙や装飾だけをまとめて運ぶ。
指定された教室に資材を置いて戻ろうとした時、少し離れた教室の扉が開いているのが見えた。
中を覗くと、慎が1人で荷物を片づけていた。
「慎」
声をかけると。
慎が振り返る。
「あ、早手」
「何してんの?」
「余ったやつ片づけてる」
「まだあったの?」
「こっちにも置いてたみたい」
慎の足元には、使わなかった段ボールや装飾がいくつか置かれていた。
俺も手に持っていた資材を端に置く。
「これもここでいい?」
「多分。先生がまとめとけって」
「じゃあ置いとく」
荷物を置いて。
そのまま教室へ戻ろうとした。
「早手」
後ろから。
慎に呼び止められる。
「……何?」
振り返ると、慎はさっきまで持っていた段ボールを床に置いた。
いつものふざけた感じが消えていて、その顔を見ただけで何か話があるんだと分かった。
「ちょっと話していい?」
「何」
慎が。
真っ直ぐ俺を見る。
「俺、水乃が好きだ」
「…………」
突然だった。
でも。
驚きはしなかった。
慎が水乃を好きなのは、ずっと前から分かっていた。
花火の時のこともある。
最近、毎朝あいつと一緒に学校へ来ていることも、帰りに一緒に帰っていることも、教室であいつのそばにいる時間が増えたことも全部見えていた。
だから。
何も言わずに慎を見る。
「水乃には、もう言った」
「…………」
「ちゃんと好きだって」
胸の奥が。
重くなる。
いつ。
どこで。
あいつは何て答えた。
聞きたいことはいくらでも浮かんだけど、何も聞かなかった。
「返事はまだもらってない」
慎は。
俺が聞かなくても続けた。
「俺が、今すぐじゃなくていいって言ったから」
「…………」
「水乃がどうするかは、水乃が決めることだし」
そんなこと。
分かってる。
それでも。
慎の口から水乃のことを聞くたびに、胸の奥がざわつく。
「俺さ」
慎が少しだけ視線を落とす。
「今までは、遠慮してた」
「…………」
「お前と水乃が付き合ってたっていうのもあるけど、それだけじゃなくて」
慎が。
もう一度俺を見る。
「お前ら、ずっと一緒だったじゃん」
俺は何も言わずに聞く。
「幼なじみで、俺がお前らと知り合うよりずっと前から一緒にいて。付き合う前から、お互い特別なのも分かってたし」
慎の言う通りだった。
俺とあいつは、小さい頃からずっと一緒だった。
学校へ行くのも、帰るのも、休みの日も。
特別だなんて考えたこともないくらい、水乃が隣にいるのが普通だった。
「それに、早手も俺にとって普通に大事な友達だし」
その言葉に。
少しだけ慎を見る。
「だから、好きだからって簡単に割って入るのも違うと思ってた」
「…………」
「花火ん時は、それ破ったけど」
慎が少し苦そうな顔をする。
「あれは俺が悪かったと思ってる」
「…………」
「だから余計に、それからはちゃんと距離取ろうと思ってた。お前らが付き合ってる間は、俺が踏み込むのは違うって」
花火の日。
慎があいつにキスして。
俺がそれを見て。
結局。
一番傷つけたくなかった水乃まで傷つけた。
あの日のことは。
今でも忘れてない。
「でも」
慎の声が変わる。
「今は、もう遠慮しない」
「…………」
「水乃にちゃんと俺のこと見てもらいたいし、俺のこと好きになってほしい」
慎は。
真っ直ぐ俺を見ていた。
ふざけてもない。
俺を煽ってるわけでもない。
ただ。
本気なんだと思う。
「だから俺、本気でいくから」
「…………」
そこまでは。
何も言わなかった。
慎があいつを好きなのは知っていた。
告白したことは知らなかったけど。
俺と水乃は、もう別れてる。
慎が告白しようが、これからあいつに近づこうが。
俺が止められることじゃない。
そんなことくらい。
分かってる。
「早手には悪いけど」
慎が。
少しだけ息を吐く。
「俺、水乃を幸せにしたい」
「…………」
胸の奥が。
一気に熱くなる。
それでも。
まだ黙っていた。
「俺が、水乃を幸せにする」
その瞬間。
身体が先に動いた。
慎の胸元を掴む。
「……勝手なこと言うなよ」
慎の表情が変わる。
「早手」
「さっきから黙って聞いてたけど」
慎の胸元を掴んだまま。
真っ直ぐ見る。
「水乃が好きなのは、お前だけじゃねぇから」
慎は。
何も言わなかった。
「俺だって、あいつが好きだよ」
口にすると。
思っていたより苦しかった。
別れた。
もう俺の彼女じゃない。
その事実は分かってる。
でも。
別れたからって、今までずっと好きだった気持ちまで一緒になくなるわけじゃない。
「別れたからって、すぐどうでもよくなるわけねぇだろ」
「…………」
「お前と一緒に学校来てんのも、帰ってんのも、教室でずっと一緒にいんのも」
言っているうちに。
今まで押さえていたものが、少しずつ出てくる。
「全部見えてんだよ」
慎の胸元を掴む手に。
少し力が入った。
「何も言ってないだけだから」
「…………」
「水乃に、もう関わらないでって言われたから。だから今は、俺から何も言わないようにしてる」
慎が。
少しだけ目を伏せる。
俺だって。
本当なら何度でもあいつに話しかけたい。
慎と帰るなって言いたいし、朝だって前みたいに一緒に行きたい。
教室で笑ってる声が聞こえれば見てしまうし、慎の隣にいる水乃を見れば、何も思わないわけがない。
でも。
あいつが俺と話すのがしんどいって言ったから。
好きなのに苦しくなるから、放っといてくれって言ったから。
今は。
俺から近づかない。
「でも」
慎を見る。
「それと、俺が水乃を好きじゃなくなったかは別だから」
「…………」
「俺が何も言わないからって、諦めたと思うなよ」
しばらく。
慎は何も言わなかった。
それから。
俺の腕を掴む。
「思ってないよ」
慎の声も。
いつもより低かった。
「お前がまだ水乃好きなのくらい、分かってる」
「…………」
「だから俺も、ちゃんと言っとこうと思った」
慎は。
俺から目を逸らさない。
「俺も本気だから」
「…………」
しばらく。
どっちも何も言わなかった。
中学からずっと一緒にいて、普段ならどうでもいいことで笑って、部活が終われば真澄も一緒にくだらない話をして。
慎は。
普通に大事な友達だった。
それは多分。
慎も同じだったんだと思う。
俺とあいつが幼なじみなのも、ずっと一緒にいたのも知っていて、その上で俺とも友達だったから、今まで遠慮していた。
でも。
もう慎は遠慮しない。
そう言われた。
だったら。
俺だって。
何も思ってないふりをする必要はない。
ゆっくり。
慎の胸元から手を離した。
「……お前に言われなくても分かってる」
「何が」
「本気なの」
慎が制服を直す。
「じゃあいい」
「よくねぇよ」
「どっちだよ」
慎が少しだけ笑う。
俺も一瞬だけ口元が緩みそうになったけど、すぐに視線を逸らした。
「俺も、水乃のこと諦めてないから」
慎の表情から。
笑いが消える。
「……うん」
それだけだった。
慎も。
俺も。
それ以上は何も言わなかった。
あいつが最後に誰を選ぶのかなんて。
俺たちが決めることじゃない。
それくらい分かってる。
でも。
慎に水乃を任せて。
俺だけ何もなかったみたいに諦めるなんて。
できるわけがない。
別れても。
話さなくなっても。
あいつの隣にいるのが俺じゃなくなっても。
俺はまだ。
水乃が好きだから。
教室の準備も、ようやく終わりが見えてきていた。
俺は余った資材を別の教室に戻すよう頼まれて、段ボールを抱えて廊下を歩いていた。必要なものはほとんど教室に残して、使わなかった画用紙や装飾だけをまとめて運ぶ。
指定された教室に資材を置いて戻ろうとした時、少し離れた教室の扉が開いているのが見えた。
中を覗くと、慎が1人で荷物を片づけていた。
「慎」
声をかけると。
慎が振り返る。
「あ、早手」
「何してんの?」
「余ったやつ片づけてる」
「まだあったの?」
「こっちにも置いてたみたい」
慎の足元には、使わなかった段ボールや装飾がいくつか置かれていた。
俺も手に持っていた資材を端に置く。
「これもここでいい?」
「多分。先生がまとめとけって」
「じゃあ置いとく」
荷物を置いて。
そのまま教室へ戻ろうとした。
「早手」
後ろから。
慎に呼び止められる。
「……何?」
振り返ると、慎はさっきまで持っていた段ボールを床に置いた。
いつものふざけた感じが消えていて、その顔を見ただけで何か話があるんだと分かった。
「ちょっと話していい?」
「何」
慎が。
真っ直ぐ俺を見る。
「俺、水乃が好きだ」
「…………」
突然だった。
でも。
驚きはしなかった。
慎が水乃を好きなのは、ずっと前から分かっていた。
花火の時のこともある。
最近、毎朝あいつと一緒に学校へ来ていることも、帰りに一緒に帰っていることも、教室であいつのそばにいる時間が増えたことも全部見えていた。
だから。
何も言わずに慎を見る。
「水乃には、もう言った」
「…………」
「ちゃんと好きだって」
胸の奥が。
重くなる。
いつ。
どこで。
あいつは何て答えた。
聞きたいことはいくらでも浮かんだけど、何も聞かなかった。
「返事はまだもらってない」
慎は。
俺が聞かなくても続けた。
「俺が、今すぐじゃなくていいって言ったから」
「…………」
「水乃がどうするかは、水乃が決めることだし」
そんなこと。
分かってる。
それでも。
慎の口から水乃のことを聞くたびに、胸の奥がざわつく。
「俺さ」
慎が少しだけ視線を落とす。
「今までは、遠慮してた」
「…………」
「お前と水乃が付き合ってたっていうのもあるけど、それだけじゃなくて」
慎が。
もう一度俺を見る。
「お前ら、ずっと一緒だったじゃん」
俺は何も言わずに聞く。
「幼なじみで、俺がお前らと知り合うよりずっと前から一緒にいて。付き合う前から、お互い特別なのも分かってたし」
慎の言う通りだった。
俺とあいつは、小さい頃からずっと一緒だった。
学校へ行くのも、帰るのも、休みの日も。
特別だなんて考えたこともないくらい、水乃が隣にいるのが普通だった。
「それに、早手も俺にとって普通に大事な友達だし」
その言葉に。
少しだけ慎を見る。
「だから、好きだからって簡単に割って入るのも違うと思ってた」
「…………」
「花火ん時は、それ破ったけど」
慎が少し苦そうな顔をする。
「あれは俺が悪かったと思ってる」
「…………」
「だから余計に、それからはちゃんと距離取ろうと思ってた。お前らが付き合ってる間は、俺が踏み込むのは違うって」
花火の日。
慎があいつにキスして。
俺がそれを見て。
結局。
一番傷つけたくなかった水乃まで傷つけた。
あの日のことは。
今でも忘れてない。
「でも」
慎の声が変わる。
「今は、もう遠慮しない」
「…………」
「水乃にちゃんと俺のこと見てもらいたいし、俺のこと好きになってほしい」
慎は。
真っ直ぐ俺を見ていた。
ふざけてもない。
俺を煽ってるわけでもない。
ただ。
本気なんだと思う。
「だから俺、本気でいくから」
「…………」
そこまでは。
何も言わなかった。
慎があいつを好きなのは知っていた。
告白したことは知らなかったけど。
俺と水乃は、もう別れてる。
慎が告白しようが、これからあいつに近づこうが。
俺が止められることじゃない。
そんなことくらい。
分かってる。
「早手には悪いけど」
慎が。
少しだけ息を吐く。
「俺、水乃を幸せにしたい」
「…………」
胸の奥が。
一気に熱くなる。
それでも。
まだ黙っていた。
「俺が、水乃を幸せにする」
その瞬間。
身体が先に動いた。
慎の胸元を掴む。
「……勝手なこと言うなよ」
慎の表情が変わる。
「早手」
「さっきから黙って聞いてたけど」
慎の胸元を掴んだまま。
真っ直ぐ見る。
「水乃が好きなのは、お前だけじゃねぇから」
慎は。
何も言わなかった。
「俺だって、あいつが好きだよ」
口にすると。
思っていたより苦しかった。
別れた。
もう俺の彼女じゃない。
その事実は分かってる。
でも。
別れたからって、今までずっと好きだった気持ちまで一緒になくなるわけじゃない。
「別れたからって、すぐどうでもよくなるわけねぇだろ」
「…………」
「お前と一緒に学校来てんのも、帰ってんのも、教室でずっと一緒にいんのも」
言っているうちに。
今まで押さえていたものが、少しずつ出てくる。
「全部見えてんだよ」
慎の胸元を掴む手に。
少し力が入った。
「何も言ってないだけだから」
「…………」
「水乃に、もう関わらないでって言われたから。だから今は、俺から何も言わないようにしてる」
慎が。
少しだけ目を伏せる。
俺だって。
本当なら何度でもあいつに話しかけたい。
慎と帰るなって言いたいし、朝だって前みたいに一緒に行きたい。
教室で笑ってる声が聞こえれば見てしまうし、慎の隣にいる水乃を見れば、何も思わないわけがない。
でも。
あいつが俺と話すのがしんどいって言ったから。
好きなのに苦しくなるから、放っといてくれって言ったから。
今は。
俺から近づかない。
「でも」
慎を見る。
「それと、俺が水乃を好きじゃなくなったかは別だから」
「…………」
「俺が何も言わないからって、諦めたと思うなよ」
しばらく。
慎は何も言わなかった。
それから。
俺の腕を掴む。
「思ってないよ」
慎の声も。
いつもより低かった。
「お前がまだ水乃好きなのくらい、分かってる」
「…………」
「だから俺も、ちゃんと言っとこうと思った」
慎は。
俺から目を逸らさない。
「俺も本気だから」
「…………」
しばらく。
どっちも何も言わなかった。
中学からずっと一緒にいて、普段ならどうでもいいことで笑って、部活が終われば真澄も一緒にくだらない話をして。
慎は。
普通に大事な友達だった。
それは多分。
慎も同じだったんだと思う。
俺とあいつが幼なじみなのも、ずっと一緒にいたのも知っていて、その上で俺とも友達だったから、今まで遠慮していた。
でも。
もう慎は遠慮しない。
そう言われた。
だったら。
俺だって。
何も思ってないふりをする必要はない。
ゆっくり。
慎の胸元から手を離した。
「……お前に言われなくても分かってる」
「何が」
「本気なの」
慎が制服を直す。
「じゃあいい」
「よくねぇよ」
「どっちだよ」
慎が少しだけ笑う。
俺も一瞬だけ口元が緩みそうになったけど、すぐに視線を逸らした。
「俺も、水乃のこと諦めてないから」
慎の表情から。
笑いが消える。
「……うん」
それだけだった。
慎も。
俺も。
それ以上は何も言わなかった。
あいつが最後に誰を選ぶのかなんて。
俺たちが決めることじゃない。
それくらい分かってる。
でも。
慎に水乃を任せて。
俺だけ何もなかったみたいに諦めるなんて。
できるわけがない。
別れても。
話さなくなっても。
あいつの隣にいるのが俺じゃなくなっても。
俺はまだ。
水乃が好きだから。
