文化祭が近づくにつれて、教室に残る時間も少しずつ長くなっていた。
今日は部活が終わってからも、私と優希は教室に戻って、残っていた飾りを仕上げることになった。
慎と真澄も手伝ってくれていて、早手も少し離れたところで男子数人と作業をしている。
「水乃、これどこ?」
「それ窓側!」
「どの窓」
「そっち!」
「いっぱいあんだけど」
「見たら分かるでしょ!」
「分かんねぇから聞いてんだけど」
慎が面倒そうな顔をしながら、飾りを持ったままこっちへ来る。
「ほら、ここ」
「あー、これか」
「最初からここって言ってるじゃん」
「言ってねぇよ」
「言った!」
「言ってない」
また始まった。
最近、慎とはこんなやり取りばかりしている気がする。
でも。
嫌じゃない。
むしろ慎が近くにいると、自然に話してしまうし、気づけば笑っている。
少し前までと同じはずなのに、慎に好きだと言われてからは、同じ会話でもどこか違って感じるようになっていた。
「はい、慎。そこ押さえて」
「人使い荒くね?」
「手伝うって言ったの慎でしょ」
「水乃が頼むなら何でもやりますよ」
「そういう言い方やめて」
「何で?」
「……何でも」
慎が笑う。
こういうところも。
最近はずるい。
前なら何とも思わなかった言葉を、今はひとつひとつ意識してしまう。
「慎、終わったら先帰る?」
真澄が少し離れたところから聞く。
「んー、どうしよ」
慎が時計を見る。
「まだ手伝う?」
「俺はどっちでもいいけど」
その会話を聞きながら、私は手元の飾りを直していた。
慎が帰る。
その言葉が、なぜか少し引っかかった。
いつもなら。
部活が終われば慎の方から聞いてくる。
――一緒に帰る?
――待ってる。
――水乃、帰ろ。
最近はそれが当たり前になっていて。
今日も何となく、一緒に帰るものだと思っていた。
でも。
今日はまだ何も言われてない。
「…………」
別に。
慎が先に帰ってもいい。
最初から約束してたわけじゃないし、毎日一緒に帰らなきゃいけないわけでもない。
そう思ったのに。
慎が鞄を取りに行こうとした瞬間。
「……慎」
気づけば呼んでいた。
「ん?」
慎が振り返る。
自分から呼び止めたくせに、一瞬だけ言葉に詰まる。
「今日……一緒に帰る?」
慎が。
少しだけ目を見開いた。
「…………」
「何?」
「いや」
慎がこっちへ戻ってくる。
「水乃から誘うの珍し」
「……じゃあいい」
「何でそうなんだよ」
慎が笑いながら、私の持っていた飾りを取る。
「帰るよ」
「…………」
「嫌なわけねぇじゃん」
その言葉に。
胸の奥が少しだけくすぐったくなる。
「じゃあ待ってて」
「おう」
「まだちょっとかかるからね」
「分かった」
慎がそう言って、また作業に戻る。
それだけなのに。
なんとなく嬉しかった。
自分から慎を誘った。
ただ、それだけ。
でも。
少し前の私なら、きっとしなかった。
「…………」
ふと。
視線を感じた気がして顔を上げる。
少し離れたところに。
早手がいた。
男子と一緒に作業をしている。
こっちを見ていたのかは分からない。
でも。
私と目が合う直前に。
早手は手元へ視線を落とした。
「……水乃?」
優希に呼ばれて、我に返る。
「何?」
「それ、ずっと同じところ貼ってるよ」
「え?」
見ると。
さっきから同じ飾りを何度も押さえていた。
「……ごめん」
「別にいいけど」
優希が少しだけ私を見る。
「早手?」
「…………」
小さな声で聞かれて。
私はもう一度だけ、早手の方を見た。
今度は。
こっちを見ていない。
「……ううん」
そう答えて。
作業に戻る。
胸が痛くないわけじゃない。
早手が同じ教室にいると、今でも気になる。
目が合えば。
まだ何か言いたくなる。
前みたいに。
普通に話せたらって思う時だってある。
でも。
それと同じくらい。
今は、慎と帰ることを楽しみにしている自分もいた。
「水乃、これ終わった」
慎が隣に来る。
「早っ」
「誰のおかげだと思ってんの」
「私?」
「何でだよ」
「だって指示したの私じゃん」
「やったの俺だから」
「はいはい。ありがと」
慎が笑う。
私も笑う。
少し離れたところに早手がいることを。
忘れたわけじゃない。
それでも。
今は慎と話している時間を、ちゃんと楽しいと思えた。
しばらくして。
ようやく作業が終わった。
「終わったー!」
優希が机に突っ伏す。
「お疲れ」
「もう無理。腕痛い」
「明日もあるけどね」
「言わないで水乃」
笑いながら鞄を持つ。
真澄が優希のところへ来て、そのまま自然に荷物をひとつ持っていった。
「真澄、それ私の」
「知ってる」
「自分で持てるよ」
「いいから」
「……ありがと」
また。
この2人は自然だ。
見ていて。
少しだけ羨ましくなる。
「水乃」
今度は慎が呼ぶ。
「帰るぞ」
「うん」
鞄を持って、慎のところへ向かう。
その途中。
早手の横を通った。
「…………」
近い。
手を伸ばせば届くくらい。
でも。
何も言わない。
早手も。
何も言わない。
少し前まで。
部活が終われば。
私は早手を待っていた。
「まだ?」って急かして。
「うるせぇ」って言われて。
それでも結局、一緒に帰っていた。
今は。
早手の前を通り過ぎて。
慎のところへ行く。
「水乃?」
少し先で慎が振り返る。
「行かねぇの?」
「……行く」
慎の隣まで小走りで追いつく。
校舎を出ると。
慎が隣で何か話し始めた。
真澄のこと。
文化祭のこと。
明日の準備のこと。
私はそれを聞きながら。
いつもの道を歩く。
今日は。
慎から誘われたんじゃない。
私が。
一緒に帰りたいって思った。
だから。
自分から誘った。
そのことが。
思っていたよりずっと。
胸の中に残っていた。
今日は部活が終わってからも、私と優希は教室に戻って、残っていた飾りを仕上げることになった。
慎と真澄も手伝ってくれていて、早手も少し離れたところで男子数人と作業をしている。
「水乃、これどこ?」
「それ窓側!」
「どの窓」
「そっち!」
「いっぱいあんだけど」
「見たら分かるでしょ!」
「分かんねぇから聞いてんだけど」
慎が面倒そうな顔をしながら、飾りを持ったままこっちへ来る。
「ほら、ここ」
「あー、これか」
「最初からここって言ってるじゃん」
「言ってねぇよ」
「言った!」
「言ってない」
また始まった。
最近、慎とはこんなやり取りばかりしている気がする。
でも。
嫌じゃない。
むしろ慎が近くにいると、自然に話してしまうし、気づけば笑っている。
少し前までと同じはずなのに、慎に好きだと言われてからは、同じ会話でもどこか違って感じるようになっていた。
「はい、慎。そこ押さえて」
「人使い荒くね?」
「手伝うって言ったの慎でしょ」
「水乃が頼むなら何でもやりますよ」
「そういう言い方やめて」
「何で?」
「……何でも」
慎が笑う。
こういうところも。
最近はずるい。
前なら何とも思わなかった言葉を、今はひとつひとつ意識してしまう。
「慎、終わったら先帰る?」
真澄が少し離れたところから聞く。
「んー、どうしよ」
慎が時計を見る。
「まだ手伝う?」
「俺はどっちでもいいけど」
その会話を聞きながら、私は手元の飾りを直していた。
慎が帰る。
その言葉が、なぜか少し引っかかった。
いつもなら。
部活が終われば慎の方から聞いてくる。
――一緒に帰る?
――待ってる。
――水乃、帰ろ。
最近はそれが当たり前になっていて。
今日も何となく、一緒に帰るものだと思っていた。
でも。
今日はまだ何も言われてない。
「…………」
別に。
慎が先に帰ってもいい。
最初から約束してたわけじゃないし、毎日一緒に帰らなきゃいけないわけでもない。
そう思ったのに。
慎が鞄を取りに行こうとした瞬間。
「……慎」
気づけば呼んでいた。
「ん?」
慎が振り返る。
自分から呼び止めたくせに、一瞬だけ言葉に詰まる。
「今日……一緒に帰る?」
慎が。
少しだけ目を見開いた。
「…………」
「何?」
「いや」
慎がこっちへ戻ってくる。
「水乃から誘うの珍し」
「……じゃあいい」
「何でそうなんだよ」
慎が笑いながら、私の持っていた飾りを取る。
「帰るよ」
「…………」
「嫌なわけねぇじゃん」
その言葉に。
胸の奥が少しだけくすぐったくなる。
「じゃあ待ってて」
「おう」
「まだちょっとかかるからね」
「分かった」
慎がそう言って、また作業に戻る。
それだけなのに。
なんとなく嬉しかった。
自分から慎を誘った。
ただ、それだけ。
でも。
少し前の私なら、きっとしなかった。
「…………」
ふと。
視線を感じた気がして顔を上げる。
少し離れたところに。
早手がいた。
男子と一緒に作業をしている。
こっちを見ていたのかは分からない。
でも。
私と目が合う直前に。
早手は手元へ視線を落とした。
「……水乃?」
優希に呼ばれて、我に返る。
「何?」
「それ、ずっと同じところ貼ってるよ」
「え?」
見ると。
さっきから同じ飾りを何度も押さえていた。
「……ごめん」
「別にいいけど」
優希が少しだけ私を見る。
「早手?」
「…………」
小さな声で聞かれて。
私はもう一度だけ、早手の方を見た。
今度は。
こっちを見ていない。
「……ううん」
そう答えて。
作業に戻る。
胸が痛くないわけじゃない。
早手が同じ教室にいると、今でも気になる。
目が合えば。
まだ何か言いたくなる。
前みたいに。
普通に話せたらって思う時だってある。
でも。
それと同じくらい。
今は、慎と帰ることを楽しみにしている自分もいた。
「水乃、これ終わった」
慎が隣に来る。
「早っ」
「誰のおかげだと思ってんの」
「私?」
「何でだよ」
「だって指示したの私じゃん」
「やったの俺だから」
「はいはい。ありがと」
慎が笑う。
私も笑う。
少し離れたところに早手がいることを。
忘れたわけじゃない。
それでも。
今は慎と話している時間を、ちゃんと楽しいと思えた。
しばらくして。
ようやく作業が終わった。
「終わったー!」
優希が机に突っ伏す。
「お疲れ」
「もう無理。腕痛い」
「明日もあるけどね」
「言わないで水乃」
笑いながら鞄を持つ。
真澄が優希のところへ来て、そのまま自然に荷物をひとつ持っていった。
「真澄、それ私の」
「知ってる」
「自分で持てるよ」
「いいから」
「……ありがと」
また。
この2人は自然だ。
見ていて。
少しだけ羨ましくなる。
「水乃」
今度は慎が呼ぶ。
「帰るぞ」
「うん」
鞄を持って、慎のところへ向かう。
その途中。
早手の横を通った。
「…………」
近い。
手を伸ばせば届くくらい。
でも。
何も言わない。
早手も。
何も言わない。
少し前まで。
部活が終われば。
私は早手を待っていた。
「まだ?」って急かして。
「うるせぇ」って言われて。
それでも結局、一緒に帰っていた。
今は。
早手の前を通り過ぎて。
慎のところへ行く。
「水乃?」
少し先で慎が振り返る。
「行かねぇの?」
「……行く」
慎の隣まで小走りで追いつく。
校舎を出ると。
慎が隣で何か話し始めた。
真澄のこと。
文化祭のこと。
明日の準備のこと。
私はそれを聞きながら。
いつもの道を歩く。
今日は。
慎から誘われたんじゃない。
私が。
一緒に帰りたいって思った。
だから。
自分から誘った。
そのことが。
思っていたよりずっと。
胸の中に残っていた。
