早手Side
最近。
木南が俺のところに来ることが、前より増えた。
朝、教室に入れば普通に話しかけてくるし、休み時間になれば隣の席から声をかけてくる。
部活がある日は、終わる時間を聞かれることも多い。
俺がそうしてほしいって言ったわけじゃない。
むしろ前なら、水乃以外の女がここまで近くに来たら、面倒になって適当に追い払ってたと思う。
でも。
木南には、それができなくなった。
「早手」
「何」
「今日も部活?」
「あるけど」
「何時くらいに終わる?」
「知らね。いつもと同じくらいじゃね」
隣の席から、木南がこっちを見る。
「じゃあ、今日も待ってていい?」
「……また?」
「だめ?」
そう聞かれると、すぐには答えられなかった。
俺が気持ちには応えられないって言ったあと、木南はまた自分を傷つけた。
そのことが、ずっと頭に残ってる。
俺が悪いわけじゃない。
だからって、好きでもないのに期待させるようなことをする方がよくない。
それくらい分かってる。
でも。
もし俺がまた強く突き放して。
そのあと、こいつがまた何かしたら。
そう考えると。
簡単に「来るな」とは言えなかった。
「……好きにすれば」
「うん」
木南が嬉しそうに笑う。
その顔を見ながら、俺は小さく息を吐いた。
「でも」
「ん?」
「勘違いすんなよ」
木南の表情が少し変わる。
「俺、お前のことそういう意味で好きになることないから」
「…………」
「前にも言ったけど」
「……分かってるよ」
木南は笑った。
でも、さっきまでより少しだけ無理してるように見えた。
「分かってる。早手が好きなのは水乃ちゃんでしょ?」
「…………」
「私だって、そこは分かってるよ」
だったら。
何で待つんだよ。
そう言いそうになって。
やめた。
「でも」
木南が机に頬杖をつく。
「そばにいるくらいはいいでしょ?」
「…………」
「何もしないから」
「何もしないって何だよ」
「そのままの意味」
木南が少し笑う。
「早手と話してると、安心するだけ」
その言葉を聞くと。
また何も言えなくなる。
家に帰りたくないことも。
1人になると不安定になることも。
俺は知ってる。
だから。
結局いつも。
最後まで突き放せない。
「……勝手にしろ」
「うん」
木南がまた笑った。
その時。
教室の前の方から、慎の声が聞こえた。
「水乃、それ俺の」
「え? これ慎の?」
「名前書いてんじゃん」
「ほんとだ。ごめん」
「水乃、人の話聞かねぇし字も読めなくなった?」
「読めるよ!」
反射的に。
そっちを見る。
水乃が慎の机の横に立ってる。
何かを間違えて持っていったらしくて、慎が笑いながら取り返していた。
水乃も。
笑ってる。
最近。
本当に、ずっと一緒にいる。
朝も。
学校でも。
部活が終わったあとも。
前は。
水乃の隣にいるのは、俺だった。
俺が待って。
水乃が来て。
一緒に学校行って。
帰りも。
水乃が俺を待ってた。
それが今は。
全部、慎に変わってる。
「……早手」
木南に呼ばれて、視線を戻す。
「何」
「また水乃ちゃん見てる」
「見てねぇ」
「見てたよ」
「うるせぇ」
木南は少し黙ってから。
水乃たちの方を見る。
「最近、すごい仲いいよね」
「前からだろ」
「そう?」
「慎は前からあいつと仲いいし」
自分で言いながら。
腹が立つ。
前から仲がいい。
そんなの知ってる。
慎が水乃を好きなのも。
ずっと前から知ってる。
でも。
今までは水乃が俺と付き合ってた。
慎が何を思ってようが。
水乃が最後に帰ってくるのは俺のところだった。
今は。
違う。
「でも、前とはちょっと違う気がする」
木南が言う。
「何が」
「水乃ちゃん」
「…………」
「慎くんのこと、前より見てる気がする」
思わず。
木南を見る。
「何でお前が分かんだよ」
「見てたら分かるよ」
「分かんねぇだろ」
「早手よりは分かるかも」
「は?」
木南が少し笑う。
「だって早手、水乃ちゃんのことになると余裕ないから」
「……うるせぇ」
否定できないのが。
余計に腹立つ。
「もしかしたら」
木南が。
何でもないことみたいに続ける。
「水乃ちゃん、慎くんのこと好きになるかもね」
「…………」
一瞬。
何も言えなかった。
頭では。
考えたことがある。
慎がずっと水乃の近くにいて。
毎朝一緒に学校に来て。
部活が終われば一緒に帰って。
水乃も。
最近は慎の隣で普通に笑ってる。
このままいけば。
いつか。
そんなこと。
考えたくなくても。
何度も頭には浮かんでた。
「……黙れ」
気づいた時には。
そう言っていた。
木南の表情が止まる。
「……ごめん」
「…………」
言いすぎた。
分かってる。
木南は別に。
俺を怒らせようとして言ったわけじゃない。
「……悪い」
「ううん」
木南はそれ以上何も言わなかった。
俺も。
もう一度、水乃の方を見る。
慎が何か言って。
水乃が笑う。
そのあと。
慎が水乃の顔を覗き込んだ。
水乃は少しだけ身体を引いたけど。
離れなかった。
「…………」
前までなら。
普通に割って入ってた。
近ぇんだよ。
離れろ。
そう言って。
水乃に怒られて。
それでも。
最後には俺の隣に連れてきた。
でも今は。
それができない。
――もう私に関わらないで。
水乃がそう言ったから。
俺は。
ちゃんと守ってる。
話しかけない。
慎と一緒にいても何も言わない。
朝、2人で来るところを見ても。
帰りに2人で歩いてるところを見ても。
何も言わない。
それなのに。
水乃は。
少しずつ俺から離れていく。
当たり前なのかもしれない。
俺が離れたんだから。
その空いた場所に。
誰かが入ることだってある。
でも。
それが慎なのは。
やっぱり。
無理だった。
授業が始まる前。
慎が自分の席に戻っていく。
水乃も自分の席へ戻った。
その途中。
ほんの一瞬だけ。
水乃と目が合った。
「…………」
すぐに。
水乃が目を逸らす。
俺も何も言わない。
それだけ。
少し前までは。
目が合っただけで。
水乃が何考えてるのか、何となく分かった。
機嫌悪いとか。
眠そうとか。
何か言いたそうとか。
10年近く一緒にいたから。
分かってるつもりだった。
でも今は。
分からない。
水乃が慎を。
どんなふうに見てるのか。
俺のことを。
まだ少しでも好きなのか。
それとも。
本当に。
少しずつ。
慎のことを好きになってんのか。
それを聞くことすら。
今の俺にはできなかった。
