部活が終わって。
着替えを済ませて体育館を出ると、少し先で慎が待っていた。
「水乃」
「ごめん、待った?」
「いや。今来たとこ」
「じゃあ帰ろ」
「おう」
最近は、こうして慎と一緒に帰ることが本当に増えた。
最初は早手と一緒に帰らないことが寂しくて、その寂しさを感じないために慎と話していたような気もする。
でも今は、部活が終わると自然に慎を探すし、慎が待っていてくれることにも安心する。
校門を出て、いつもの道を並んで歩く。
慎は部活中に真澄がシュートを外した話をしていたけれど、私は適当に返事をしながら、さっきの教室でのことを思い出していた。
女子に囲まれて笑っていた慎。
腕を掴まれて、そのまま連れていかれた慎。
それを見て、なぜか少しだけ面白くないと思った自分。
「……水乃」
「ん?」
「聞いてた?」
「聞いてたよ」
「じゃあ俺、今何の話してた?」
「…………」
「ほら聞いてねぇじゃん」
慎が呆れたみたいに笑う。
「ごめん。ちょっと考え事してた」
「何考えてたの?」
「別に」
「またそれ」
慎が横から私の顔を覗き込んでくる。
少し前なら普通に押し返していたのに、今は近づかれるだけで妙に意識してしまう。
「今日さ」
「何?」
「途中から機嫌悪かっただろ」
「悪くないって言ったじゃん」
「絶対悪かった」
「慎が勝手にそう思ってるだけ」
「俺、水乃と何年友達やってると思ってんの」
そう言われると。
何も言えない。
慎だって、私のことを長く見てきた。
早手ほどじゃないけれど、私が機嫌悪い時も、落ち込んでいる時も、何度も見られている。
「俺、なんかした?」
「してないよ」
「じゃあ何」
「……ほんとに何でもない」
慎はしばらく私を見ていたけれど、無理に聞き出そうとはしなかった。
「ならいいけど」
それだけ言って、また前を向く。
その反応に少し安心したのに。
今度はなぜか、自分から口を開いていた。
「……慎」
「ん?」
「今日、楽しそうだったね」
「今日?」
「文化祭の準備」
「まあ、普通じゃね?」
「女子たちと」
言った瞬間。
しまったと思った。
慎が黙る。
「…………」
「何」
「いや」
「何?」
「そこ気にしてたの?」
「気にしてない!」
すぐに否定すると、慎が少しだけ笑った。
「じゃあ何で女子ってわざわざつけたの」
「それは……」
「しかも俺、腕掴まれてた時、水乃こっち見てたよな」
「見てない!」
「見てたって」
「たまたま!」
どんどん苦しくなる。
慎は笑っているけれど、からかうというより、何かを確かめるみたいに私を見ていた。
「水乃」
「なに」
「もしかして妬いた?」
「違う!」
反射的に否定した。
そんなはずない。
だって私はまだ早手のことが好きで。
慎のことは、まだ自分でもよく分からない。
それなのに慎が他の女子といるだけで嫉妬するなんて。
そんなのおかしい。
「別に慎が誰と話してても、私には関係ないし」
「……そ」
「女子と一緒にいても、腕掴まれてても、別に何とも思わないし」
「めちゃくちゃ覚えてんじゃん」
「…………」
言われて。
黙る。
慎が吹き出した。
「もう! 慎嫌い!」
「それは困る」
「知らない!」
「俺、水乃に嫌われたら普通にへこむけど」
「…………」
そういうことを。
最近の慎は、普通に言う。
前なら冗談なのか本気なのか分からないようなことでも、今は違う。
慎が私を好きだと知っているから、全部そのまま受け取ってしまう。
「……でもさ」
慎の声が少しだけ真面目になる。
「別に心配しなくていいよ」
「何を?」
「今日のやつら」
「心配なんてしてない」
「はいはい」
「ほんとだもん」
慎が少し笑って。
それから、何でもないことみたいに言った。
「俺が好きなの、水乃だけだし」
「…………」
足が。
一瞬止まった。
慎も数歩先で止まって、振り返る。
「何?」
「……何でそんな普通に言えるの」
「何が?」
「好きとか……そういうの」
「だってもう隠さないって言ったじゃん」
確かに。
言ってた。
――でも、俺が水乃のこと好きなのは、もう隠さない。
あの時。
慎はちゃんとそう言った。
「だから、水乃が俺のことどう思ってるかはまだいいけど」
慎が私を見る。
「俺が他のやつ好きになるとか、そこは気にしなくていいから」
「…………」
また。
心臓が変に速くなる。
こんなことを言われて。
どう返せばいいのか分からない。
「……慎って」
「ん?」
「告白してから、ちょっと変わったよね」
「そう?」
「変わった」
「どこが」
「なんか……普通にそういうこと言う」
「だから我慢すんのやめたって言ったじゃん」
慎はそう言って、また歩き始める。
私も少し遅れて、その隣に並んだ。
我慢するのをやめた慎は。
思っていたよりずっとずるい。
好きだと言われるたびに。
自分だけだと言われるたびに。
少しずつ、慎を意識する時間が増えていく。
しばらく歩いていると。
慎が急に私の方へ手を伸ばした。
「何?」
反射的に身体を引くと。
慎の手が途中で止まった。
「髪」
「え?」
「なんかついてる」
慎が指で自分の髪を示す。
「どこ?」
「こっち」
自分で触ってみるけれど、分からない。
「取れてない?」
「全然」
「どこなの?」
「……取っていい?」
その一言に。
少しだけ驚いた。
前なら。
慎はそんなこと聞かなかったと思う。
告白したから。
私が意識していることを知ったから。
ちゃんと聞いてくれた。
「……うん」
答えると。
慎の手がゆっくり近づいてくる。
髪に指が触れて。
小さな紙切れを取る。
「ほら」
「……ありがと」
「おう」
それだけ。
本当にそれだけなのに。
さっきまで女子に腕を掴まれていた慎を見た時とは、全然違う。
今は。
慎の手が私に触れたことの方が。
ずっと気になっていた。
家の近くまで来ると、慎がいつものように立ち止まった。
「じゃ、また明日」
「うん」
「朝、いつものとこで待ってる」
「分かった」
慎が手を上げて、反対方向へ歩いていく。
少し離れてから。
「慎!」
気づけば。
呼び止めていた。
慎が振り返る。
「何?」
「…………」
呼んだくせに。
言うことなんて考えてなかった。
「……明日」
「うん」
「寝坊しないでね」
やっと出てきたのは。
そんな言葉だった。
「しねぇよ」
「この前してたじゃん」
「1回だけだろ」
「じゃあちゃんと来てよ」
慎が。
少しだけ目を細めた。
「行くよ」
それから。
少し笑う。
「水乃が待ってるなら」
「…………」
「じゃーな」
今度こそ慎が歩いていく。
私はその後ろ姿を、少しの間見ていた。
今日。
慎が他の女子と一緒にいるのを見て、少し嫌だった。
慎が私のところに戻ってきたら、少し安心した。
そして今。
明日の朝も慎に会えることを、楽しみにしている。
それが何なのか。
まだ自分では分からない。
でも。
少し前までの私なら、慎が誰と話しているかなんて気にもしなかった。
そこだけは。
確実に変わっていた。
着替えを済ませて体育館を出ると、少し先で慎が待っていた。
「水乃」
「ごめん、待った?」
「いや。今来たとこ」
「じゃあ帰ろ」
「おう」
最近は、こうして慎と一緒に帰ることが本当に増えた。
最初は早手と一緒に帰らないことが寂しくて、その寂しさを感じないために慎と話していたような気もする。
でも今は、部活が終わると自然に慎を探すし、慎が待っていてくれることにも安心する。
校門を出て、いつもの道を並んで歩く。
慎は部活中に真澄がシュートを外した話をしていたけれど、私は適当に返事をしながら、さっきの教室でのことを思い出していた。
女子に囲まれて笑っていた慎。
腕を掴まれて、そのまま連れていかれた慎。
それを見て、なぜか少しだけ面白くないと思った自分。
「……水乃」
「ん?」
「聞いてた?」
「聞いてたよ」
「じゃあ俺、今何の話してた?」
「…………」
「ほら聞いてねぇじゃん」
慎が呆れたみたいに笑う。
「ごめん。ちょっと考え事してた」
「何考えてたの?」
「別に」
「またそれ」
慎が横から私の顔を覗き込んでくる。
少し前なら普通に押し返していたのに、今は近づかれるだけで妙に意識してしまう。
「今日さ」
「何?」
「途中から機嫌悪かっただろ」
「悪くないって言ったじゃん」
「絶対悪かった」
「慎が勝手にそう思ってるだけ」
「俺、水乃と何年友達やってると思ってんの」
そう言われると。
何も言えない。
慎だって、私のことを長く見てきた。
早手ほどじゃないけれど、私が機嫌悪い時も、落ち込んでいる時も、何度も見られている。
「俺、なんかした?」
「してないよ」
「じゃあ何」
「……ほんとに何でもない」
慎はしばらく私を見ていたけれど、無理に聞き出そうとはしなかった。
「ならいいけど」
それだけ言って、また前を向く。
その反応に少し安心したのに。
今度はなぜか、自分から口を開いていた。
「……慎」
「ん?」
「今日、楽しそうだったね」
「今日?」
「文化祭の準備」
「まあ、普通じゃね?」
「女子たちと」
言った瞬間。
しまったと思った。
慎が黙る。
「…………」
「何」
「いや」
「何?」
「そこ気にしてたの?」
「気にしてない!」
すぐに否定すると、慎が少しだけ笑った。
「じゃあ何で女子ってわざわざつけたの」
「それは……」
「しかも俺、腕掴まれてた時、水乃こっち見てたよな」
「見てない!」
「見てたって」
「たまたま!」
どんどん苦しくなる。
慎は笑っているけれど、からかうというより、何かを確かめるみたいに私を見ていた。
「水乃」
「なに」
「もしかして妬いた?」
「違う!」
反射的に否定した。
そんなはずない。
だって私はまだ早手のことが好きで。
慎のことは、まだ自分でもよく分からない。
それなのに慎が他の女子といるだけで嫉妬するなんて。
そんなのおかしい。
「別に慎が誰と話してても、私には関係ないし」
「……そ」
「女子と一緒にいても、腕掴まれてても、別に何とも思わないし」
「めちゃくちゃ覚えてんじゃん」
「…………」
言われて。
黙る。
慎が吹き出した。
「もう! 慎嫌い!」
「それは困る」
「知らない!」
「俺、水乃に嫌われたら普通にへこむけど」
「…………」
そういうことを。
最近の慎は、普通に言う。
前なら冗談なのか本気なのか分からないようなことでも、今は違う。
慎が私を好きだと知っているから、全部そのまま受け取ってしまう。
「……でもさ」
慎の声が少しだけ真面目になる。
「別に心配しなくていいよ」
「何を?」
「今日のやつら」
「心配なんてしてない」
「はいはい」
「ほんとだもん」
慎が少し笑って。
それから、何でもないことみたいに言った。
「俺が好きなの、水乃だけだし」
「…………」
足が。
一瞬止まった。
慎も数歩先で止まって、振り返る。
「何?」
「……何でそんな普通に言えるの」
「何が?」
「好きとか……そういうの」
「だってもう隠さないって言ったじゃん」
確かに。
言ってた。
――でも、俺が水乃のこと好きなのは、もう隠さない。
あの時。
慎はちゃんとそう言った。
「だから、水乃が俺のことどう思ってるかはまだいいけど」
慎が私を見る。
「俺が他のやつ好きになるとか、そこは気にしなくていいから」
「…………」
また。
心臓が変に速くなる。
こんなことを言われて。
どう返せばいいのか分からない。
「……慎って」
「ん?」
「告白してから、ちょっと変わったよね」
「そう?」
「変わった」
「どこが」
「なんか……普通にそういうこと言う」
「だから我慢すんのやめたって言ったじゃん」
慎はそう言って、また歩き始める。
私も少し遅れて、その隣に並んだ。
我慢するのをやめた慎は。
思っていたよりずっとずるい。
好きだと言われるたびに。
自分だけだと言われるたびに。
少しずつ、慎を意識する時間が増えていく。
しばらく歩いていると。
慎が急に私の方へ手を伸ばした。
「何?」
反射的に身体を引くと。
慎の手が途中で止まった。
「髪」
「え?」
「なんかついてる」
慎が指で自分の髪を示す。
「どこ?」
「こっち」
自分で触ってみるけれど、分からない。
「取れてない?」
「全然」
「どこなの?」
「……取っていい?」
その一言に。
少しだけ驚いた。
前なら。
慎はそんなこと聞かなかったと思う。
告白したから。
私が意識していることを知ったから。
ちゃんと聞いてくれた。
「……うん」
答えると。
慎の手がゆっくり近づいてくる。
髪に指が触れて。
小さな紙切れを取る。
「ほら」
「……ありがと」
「おう」
それだけ。
本当にそれだけなのに。
さっきまで女子に腕を掴まれていた慎を見た時とは、全然違う。
今は。
慎の手が私に触れたことの方が。
ずっと気になっていた。
家の近くまで来ると、慎がいつものように立ち止まった。
「じゃ、また明日」
「うん」
「朝、いつものとこで待ってる」
「分かった」
慎が手を上げて、反対方向へ歩いていく。
少し離れてから。
「慎!」
気づけば。
呼び止めていた。
慎が振り返る。
「何?」
「…………」
呼んだくせに。
言うことなんて考えてなかった。
「……明日」
「うん」
「寝坊しないでね」
やっと出てきたのは。
そんな言葉だった。
「しねぇよ」
「この前してたじゃん」
「1回だけだろ」
「じゃあちゃんと来てよ」
慎が。
少しだけ目を細めた。
「行くよ」
それから。
少し笑う。
「水乃が待ってるなら」
「…………」
「じゃーな」
今度こそ慎が歩いていく。
私はその後ろ姿を、少しの間見ていた。
今日。
慎が他の女子と一緒にいるのを見て、少し嫌だった。
慎が私のところに戻ってきたら、少し安心した。
そして今。
明日の朝も慎に会えることを、楽しみにしている。
それが何なのか。
まだ自分では分からない。
でも。
少し前までの私なら、慎が誰と話しているかなんて気にもしなかった。
そこだけは。
確実に変わっていた。
