文化祭まで、あと数日。
教室の中は、日に日に文化祭らしくなってきていた。
壁には作り終わった飾りが増えて、後ろには当日使うものが積まれている。最初は本当に間に合うのかなって思っていたけれど、こうして形になってくると、少しずつ楽しみな気持ちの方が大きくなってきた。
「水乃、そっち終わった?」
「あとちょっと!」
「終わったらこっちお願い!」
「分かったー!」
返事をしながら、テーブルに置いていた画用紙を切っていく。
今日は部活が始まるまで、優希と一緒に文化祭の準備を手伝うことになっていた。
慎も真澄も早手もいるけれど、それぞれ別の作業をしていて、教室の中はいつも以上に騒がしい。
「桜乃くーん!」
少し離れたところから、女子の声が聞こえた。
「何ー?」
「ちょっとこっち手伝って!」
「何すんの?」
「これ上につけたいんだけど届かなくて」
「俺じゃなくてもいいだろ」
「桜乃くん背高いじゃん。お願い!」
「はいはい」
慎が立ち上がって、女子たちのところへ向かう。
それを何となく目で追ってから、私はまた手元の画用紙に視線を戻した。
「…………」
別に。
普通のこと。
慎は昔から誰とでも話すし、クラスの女子とも普通に仲がいい。
明るいし、頼まれたらなんだかんだ言いながら手伝うから、こうやって呼ばれることだって珍しくない。
今までなら。
何とも思わなかった。
「桜乃くん、もうちょい右!」
「こっち?」
「違う違う、そっちじゃない!」
「どっちだよ」
「あはは、桜乃くん不器用ー!」
「じゃあ自分でやれよ!」
女子たちが笑う。
慎も笑ってる。
私は手元の画用紙を切りながら、もう一度だけそっちを見た。
「…………」
楽しそう。
……いや。
だから何。
別に慎が誰と話してても関係ないし、私に何か言う権利があるわけでもない。
それなのに。
なぜか少しだけ気になる。
「水乃」
「ん?」
「そこ」
隣にいた優希が、私の手元を指さした。
「え?」
「曲がってるよ」
「……あ」
見ると、真っ直ぐ切っていたつもりの画用紙が思いっきり斜めになっていた。
「もう。やり直しじゃん」
「水乃が珍しいね」
「ちょっとぼーっとしてただけ」
「ふーん」
優希が何か言いたそうな顔で私を見る。
「何?」
「別に」
「絶対なんかあるでしょ」
「ないよ?」
そう言いながら。
優希の視線が、私じゃなくて慎の方へ向いた。
「…………」
「…………」
「……何」
「私まだ何も言ってないけど」
「顔が言ってる!」
優希が笑う。
「水乃、さっきから慎のこと見すぎ」
「見てない!」
「見てるよ」
「たまたまそっちにいるからでしょ!」
「ふーん」
「その返事やめて!」
慌てて否定して、もう絶対にそっちを見ないと決める。
新しい画用紙を出して、今度こそちゃんと真っ直ぐ切ることに集中する。
だけど。
「桜乃くん、次こっちもお願い!」
「まだあんの?」
「あるある。ほら来て!」
また声が聞こえた。
見ない。
今度は絶対に見ない。
「桜乃くん早くー」
「引っ張んなって」
その言葉に。
結局、顔を上げてしまった。
女子の1人が慎の腕を掴んで、そのまま別の場所へ連れていこうとしている。
慎は「分かったって」と笑いながら、その子についていった。
「…………」
胸の中に。
ほんの少しだけ。
何か引っかかった。
嫌っていうほどじゃない。
腹が立つわけでもない。
ただ、なんとなく面白くない。
自分でも理由が分からなくて、私はまた画用紙に視線を戻した。
「……水乃」
「なに」
「今の顔」
「何?」
「すごい分かりやすかったけど」
「何が!」
優希が笑いを堪えている。
「別に慎が女子と話してるだけじゃん」
「分かってるよ」
「腕掴まれてただけだし」
「分かってるってば!」
「私、別に何とも言ってないよ?」
「優希!」
完全に遊ばれてる。
むっとしながら画用紙を切っていると、優希が少しだけ私の方へ身体を寄せた。
「気になった?」
「…………」
「慎が、他の女子といるの」
「……別に」
「ほんと?」
「ほんと」
即答したつもりだった。
でも、自分でも分かるくらい説得力がない。
「じゃあ何でさっきから慎ばっか見てるの?」
「…………」
答えられなかった。
少し前までなら、慎が誰と話していても本当に何とも思わなかった。
女子に囲まれていようが、誰かに呼ばれていようが、慎は慎で、それ以上でもそれ以下でもなかった。
でも今は。
慎が私を好きだと知っている。
私だけが知っている言葉を、慎からたくさん聞いた。
抱きしめられた。
頭に触れられた。
明日の朝も待っててって、私から言った。
だからなのか。
他の女子と笑っている慎を見ると、前とは少し違って見える。
「……分かんない」
小さく答える。
「何か……ちょっとだけ気になった」
「うん」
「でも、何でか分かんない」
優希は。
それ以上何も言わなかった。
「そっか」
それだけ言って、また自分の作業に戻る。
てっきり「それ嫉妬じゃない?」とか言われると思っていたから、逆に拍子抜けした。
「……何も言わないの?」
「言ってほしいの?」
「そうじゃないけど」
「じゃあ言わない」
優希が少し笑う。
「水乃が自分で分かればいいことだし」
「…………」
また。
それ。
最近。
みんな同じことを言う。
慎も。
優希も。
今すぐ答えを出さなくていいって。
それなのに。
私だけが、早く自分の気持ちを知りたくて焦ってる。
「水乃」
突然近くから声がして、顔を上げる。
いつの間に戻ってきたのか、慎が目の前に立っていた。
「何?」
「何って。こっち終わったから手伝おうと思って」
「……女子たちの方は?」
「終わったけど」
「ふーん」
口から出てから。
自分でも変な返事だと思った。
慎もそう思ったのか、少しだけ眉を上げる。
「何?」
「別に」
「水乃、なんか機嫌悪くね?」
「悪くないよ」
「悪いじゃん」
「悪くないってば」
慎が不思議そうに私を見る。
その横で、優希が必死に笑うのを我慢している。
「優希、何笑ってんの?」
「別に?」
「絶対なんか知ってるだろ」
「知らなーい」
「何だよ」
慎が私と優希を交互に見る。
私は慎と目を合わせたくなくて、机の上の画用紙を集めた。
「慎、これ切って」
「急だな」
「手伝うんでしょ?」
「はいはい」
慎が私の隣の椅子に座る。
肩が触れそうなくらいの距離。
少し前なら。
何とも思わなかった距離。
今は。
やっぱり気になる。
「水乃」
「なに?」
「ほんとに機嫌悪くない?」
「……悪くない」
「ならいいけど」
慎はまだ少し不思議そうだったけれど、それ以上は聞いてこなかった。
そのまま私の隣で画用紙を切り始める。
さっきまで。
女子たちと一緒にいた慎が。
今は私の隣にいる。
それだけで。
さっき胸の中に引っかかっていたものが、少しだけ消えた。
「…………」
なんで。
それで安心するんだろう。
慎が誰と話してても。
誰に腕を掴まれてても。
私には関係ないはずなのに。
隣で真剣な顔をして画用紙を切っている慎を見ながら。
私はまたひとつ。
自分の気持ちが分からなくなった。
教室の中は、日に日に文化祭らしくなってきていた。
壁には作り終わった飾りが増えて、後ろには当日使うものが積まれている。最初は本当に間に合うのかなって思っていたけれど、こうして形になってくると、少しずつ楽しみな気持ちの方が大きくなってきた。
「水乃、そっち終わった?」
「あとちょっと!」
「終わったらこっちお願い!」
「分かったー!」
返事をしながら、テーブルに置いていた画用紙を切っていく。
今日は部活が始まるまで、優希と一緒に文化祭の準備を手伝うことになっていた。
慎も真澄も早手もいるけれど、それぞれ別の作業をしていて、教室の中はいつも以上に騒がしい。
「桜乃くーん!」
少し離れたところから、女子の声が聞こえた。
「何ー?」
「ちょっとこっち手伝って!」
「何すんの?」
「これ上につけたいんだけど届かなくて」
「俺じゃなくてもいいだろ」
「桜乃くん背高いじゃん。お願い!」
「はいはい」
慎が立ち上がって、女子たちのところへ向かう。
それを何となく目で追ってから、私はまた手元の画用紙に視線を戻した。
「…………」
別に。
普通のこと。
慎は昔から誰とでも話すし、クラスの女子とも普通に仲がいい。
明るいし、頼まれたらなんだかんだ言いながら手伝うから、こうやって呼ばれることだって珍しくない。
今までなら。
何とも思わなかった。
「桜乃くん、もうちょい右!」
「こっち?」
「違う違う、そっちじゃない!」
「どっちだよ」
「あはは、桜乃くん不器用ー!」
「じゃあ自分でやれよ!」
女子たちが笑う。
慎も笑ってる。
私は手元の画用紙を切りながら、もう一度だけそっちを見た。
「…………」
楽しそう。
……いや。
だから何。
別に慎が誰と話してても関係ないし、私に何か言う権利があるわけでもない。
それなのに。
なぜか少しだけ気になる。
「水乃」
「ん?」
「そこ」
隣にいた優希が、私の手元を指さした。
「え?」
「曲がってるよ」
「……あ」
見ると、真っ直ぐ切っていたつもりの画用紙が思いっきり斜めになっていた。
「もう。やり直しじゃん」
「水乃が珍しいね」
「ちょっとぼーっとしてただけ」
「ふーん」
優希が何か言いたそうな顔で私を見る。
「何?」
「別に」
「絶対なんかあるでしょ」
「ないよ?」
そう言いながら。
優希の視線が、私じゃなくて慎の方へ向いた。
「…………」
「…………」
「……何」
「私まだ何も言ってないけど」
「顔が言ってる!」
優希が笑う。
「水乃、さっきから慎のこと見すぎ」
「見てない!」
「見てるよ」
「たまたまそっちにいるからでしょ!」
「ふーん」
「その返事やめて!」
慌てて否定して、もう絶対にそっちを見ないと決める。
新しい画用紙を出して、今度こそちゃんと真っ直ぐ切ることに集中する。
だけど。
「桜乃くん、次こっちもお願い!」
「まだあんの?」
「あるある。ほら来て!」
また声が聞こえた。
見ない。
今度は絶対に見ない。
「桜乃くん早くー」
「引っ張んなって」
その言葉に。
結局、顔を上げてしまった。
女子の1人が慎の腕を掴んで、そのまま別の場所へ連れていこうとしている。
慎は「分かったって」と笑いながら、その子についていった。
「…………」
胸の中に。
ほんの少しだけ。
何か引っかかった。
嫌っていうほどじゃない。
腹が立つわけでもない。
ただ、なんとなく面白くない。
自分でも理由が分からなくて、私はまた画用紙に視線を戻した。
「……水乃」
「なに」
「今の顔」
「何?」
「すごい分かりやすかったけど」
「何が!」
優希が笑いを堪えている。
「別に慎が女子と話してるだけじゃん」
「分かってるよ」
「腕掴まれてただけだし」
「分かってるってば!」
「私、別に何とも言ってないよ?」
「優希!」
完全に遊ばれてる。
むっとしながら画用紙を切っていると、優希が少しだけ私の方へ身体を寄せた。
「気になった?」
「…………」
「慎が、他の女子といるの」
「……別に」
「ほんと?」
「ほんと」
即答したつもりだった。
でも、自分でも分かるくらい説得力がない。
「じゃあ何でさっきから慎ばっか見てるの?」
「…………」
答えられなかった。
少し前までなら、慎が誰と話していても本当に何とも思わなかった。
女子に囲まれていようが、誰かに呼ばれていようが、慎は慎で、それ以上でもそれ以下でもなかった。
でも今は。
慎が私を好きだと知っている。
私だけが知っている言葉を、慎からたくさん聞いた。
抱きしめられた。
頭に触れられた。
明日の朝も待っててって、私から言った。
だからなのか。
他の女子と笑っている慎を見ると、前とは少し違って見える。
「……分かんない」
小さく答える。
「何か……ちょっとだけ気になった」
「うん」
「でも、何でか分かんない」
優希は。
それ以上何も言わなかった。
「そっか」
それだけ言って、また自分の作業に戻る。
てっきり「それ嫉妬じゃない?」とか言われると思っていたから、逆に拍子抜けした。
「……何も言わないの?」
「言ってほしいの?」
「そうじゃないけど」
「じゃあ言わない」
優希が少し笑う。
「水乃が自分で分かればいいことだし」
「…………」
また。
それ。
最近。
みんな同じことを言う。
慎も。
優希も。
今すぐ答えを出さなくていいって。
それなのに。
私だけが、早く自分の気持ちを知りたくて焦ってる。
「水乃」
突然近くから声がして、顔を上げる。
いつの間に戻ってきたのか、慎が目の前に立っていた。
「何?」
「何って。こっち終わったから手伝おうと思って」
「……女子たちの方は?」
「終わったけど」
「ふーん」
口から出てから。
自分でも変な返事だと思った。
慎もそう思ったのか、少しだけ眉を上げる。
「何?」
「別に」
「水乃、なんか機嫌悪くね?」
「悪くないよ」
「悪いじゃん」
「悪くないってば」
慎が不思議そうに私を見る。
その横で、優希が必死に笑うのを我慢している。
「優希、何笑ってんの?」
「別に?」
「絶対なんか知ってるだろ」
「知らなーい」
「何だよ」
慎が私と優希を交互に見る。
私は慎と目を合わせたくなくて、机の上の画用紙を集めた。
「慎、これ切って」
「急だな」
「手伝うんでしょ?」
「はいはい」
慎が私の隣の椅子に座る。
肩が触れそうなくらいの距離。
少し前なら。
何とも思わなかった距離。
今は。
やっぱり気になる。
「水乃」
「なに?」
「ほんとに機嫌悪くない?」
「……悪くない」
「ならいいけど」
慎はまだ少し不思議そうだったけれど、それ以上は聞いてこなかった。
そのまま私の隣で画用紙を切り始める。
さっきまで。
女子たちと一緒にいた慎が。
今は私の隣にいる。
それだけで。
さっき胸の中に引っかかっていたものが、少しだけ消えた。
「…………」
なんで。
それで安心するんだろう。
慎が誰と話してても。
誰に腕を掴まれてても。
私には関係ないはずなのに。
隣で真剣な顔をして画用紙を切っている慎を見ながら。
私はまたひとつ。
自分の気持ちが分からなくなった。
