【水乃Side】
ガチャン!
家を出た瞬間。
さっきお母さんに言われた言葉を思い出して、また顔が熱くなった。
『早ちゃんが相手なら安心して水乃を任せられるからね★』
もう。
お母さんってば。
急に変なこと言うんだから。
早手とは小さい頃からずっと一緒だから、お母さんにとっては今日だって、いつもの幼なじみと出かけるのと同じなのかもしれない。
でも。
私にとっては全然違う。
だって今日は。
早手と付き合ってから初めての花火大会。
みんなも一緒だけど。
それでもやっぱり、いつもとは違う。
優希に教えてもらいながら髪も頑張ったし、慣れないお化粧だって、いつもより少しだけ丁寧にした。
別に。
早手に可愛いって言ってほしいわけじゃない。
……ないけど。
ちょっとくらい。
何か言ってくれたら嬉しいな。
そんなことを考えながら門を出ると。
「…………」
少し離れたところに。
早手が立っていた。
「早手っ、お待たせ!」
声をかける。
だけど。
「…………」
返事がない。
「……早手?」
早手は。
じっと私を見ている。
顔から。
浴衣へ。
それから。
また顔へ。
「…………」
何。
その反応。
急に不安になって、浴衣の袖を握る。
もしかして。
変……?
「はやてー?」
顔の前で手を振ると、ようやく早手が我に返った。
「……っ、何だよ」
「何だよじゃないよ。さっきから呼んでるのに」
「聞こえてる」
「じゃあ返事してよ」
「…………」
また。
私を見る。
やっぱり。
何か変なんだ。
「……へ、変かな? 浴衣姿」
「……っ」
早手が急に顔を逸らした。
「へっ……変だ!」
「え?」
「……すっげぇ変」
「…………」
ショック。
思っていたより。
ずっとショック。
今日のために。
いつもより時間をかけたのに。
早手に。
少しくらい可愛いって思ってほしくて。
「……そっか」
「…………」
「やっぱり普通の服にすればよかったかな」
「は?」
「だって変なんでしょ?」
「いや……」
「何?」
「…………」
早手が。
面倒くさそうに髪を掻く。
「別に……似合ってねぇとは言ってねぇだろ」
「……え?」
思わず。
早手を見る。
「今、何て言ったの?」
「何も」
「言ったよ」
「言ってねぇ」
「似合ってないとは言ってないって――」
「うるせぇな!」
早手が先に歩き始める。
でも。
耳が。
少し赤い。
……もしかして。
「早手、照れてる?」
「はぁ!?」
勢いよく振り返った。
「だって耳赤いよ?」
「暑いだけだ!」
「まだそんなに暑くないけど……」
「うるせぇ!」
また。
前を向いて歩き出す。
何それ。
でも。
さっきまで沈んでいた気持ちが、少しずつ浮かんでくる。
変って言ったくせに。
もしかしたら。
本当は。
ほんの少しくらい。
可愛いって思ってくれたのかな。
「早手、待ってよ」
慣れない下駄で追いかけようとした瞬間。
カクッ。
「わっ……!」
足がもつれた。
転ぶ――。
そう思った瞬間。
「危ねぇ!」
腕を掴まれて。
身体を引き寄せられる。
「……っ」
気づけば。
目の前に早手の胸。
近い。
「何やってんだよ、お前」
「だって……早手が先行くから」
「下駄で走んな」
「……はい」
顔を上げると。
早手と目が合った。
「…………」
ドキッ。
昔なら。
こんなの何とも思わなかったのに。
腕を掴まれているだけで。
今はこんなにドキドキする。
「……何」
「何でもない……」
早手が私から手を離す。
それから。
また歩き始めた。
でも。
今度は。
さっきよりずっと遅い。
「……早手?」
「何」
「歩くの遅くない?」
「お前がまた転ぶからだろ」
「…………」
そういうこと。
普通に言うの。
ずるい。
「……ありがと」
「別に」
いつもの返事。
だけど。
待ち合わせ場所までの道を、早手は一度も私を置いていかなかった。
◇
「水乃ーっ!」
待ち合わせ場所に着くと、すぐに優希が駆け寄ってきた。
「ちょっと、めちゃくちゃ可愛いじゃん!」
「ほんと!?」
「めちゃくちゃ似合ってる! ちゃんと髪も巻いたんだね」
「頑張ったよー!」
「お、水乃も浴衣じゃん。似合ってる」
真澄にも言われて。
ますます安心する。
「ありがとう、真澄!」
よかった。
やっぱり。
そんなに変じゃない。
……じゃあ。
早手のあれは何だったんだろ。
その時。
「水乃ーっ!!」
「え?」
振り向くと、慎が私を見るなり目を輝かせた。
「超可愛いっ!!」
「わっ、慎――」
そのまま勢いよく飛び込んでくる慎。
――が。
「うわっ!」
私に抱きつく寸前で、早手にぐいっと押し退けられた。
「いってぇ! 何すんだよ早手!」
「……近ぇ」
「まだ何もしてねぇじゃん!」
「しようとしただろ」
「いつものじゃん!」
「うるせぇ」
「何だよー! 水乃、早手がひどい!」
「私に言われても……」
「ほら、行くぞ」
何事もなかったみたいに歩き出す早手に、慎が「待てって!」と追いかけていく。
「ほんと、あの二人変わんないね」
隣で優希が笑う。
「ね」
私も笑って。
二人のあとを追いかけた。
カラン。
カラン。
慣れない下駄の音。
少し前には。
早手の背中。
その隣では。
まだ何か文句を言っている慎。
いつもと変わらない。
みんなとの時間。
なのに。
浴衣を着て。
早手の隣を歩くだけで。
今日は。
いつもより少しだけ。
特別な日に思えた。
