「──…あ、」


隣の家から出てきた人影に、私は目を見張る。

──…藍川くん。

雨に打たれるのも構わずに、彼はこちらを見ていた。


窓越しに、目が合う。


涙を流したまま、心臓が早鐘のように速くなる。


目を、反らせない。


時が止まる。


私は、一生の中で今が一番幸福なのではないかと思える程、胸一杯になにかが拡がっていく。


「頼人、時間よ。なにしてるの、傘もささないで」


おばさんの声に、今行くよ、と返事をして、背中を向けてトラックに乗り込む。



───行ってしまう。


そう思った時には、もうトラックは走り去ってしまっていた。


『藍川さん、遠くにいくらしいわよ』


お母さんの声が蘇る。

…遠く。


本当にもう二度と会えない距離に行ってしまったのだと思うと、なんだか心が死んでしまったような、自分がネジマキ人形やアンドロイドになってしまったのではと錯覚するような──そんな気持ちが込み上げて来る。

ふと、透明なゴミ袋から覗くジュエリーボックスが目に入った。

私は、迷いもなく両手で掴み、床に叩きつける。

…苛々して、耐えられなかった。

悲しくて苦しくて、耐えられなかった。

プラスチックのあげた悲鳴。



ジュエリーボックスは、真っ二つに割れ、破片は散り散りになった。