等心大〜tou・sin・dai〜

「あ、ごめんね〜職場にきて。
 私今月いっぱい日本にいるから
 また遊ぼうよ」

「うん、じゃあ連絡して」

「オッケー♪じゃあね」

「ばいばーい」




春奈は明るく
店から出て行った。




“彩のピアノ好きだったのに”



春奈の言葉が
頭に残る。


私、何してるんだろう。
毎日毎日、
楽器拭いて
楽譜の品出し、レジ打ち。



春奈は
夢に向かって一生懸命だ。


私は――
私の夢って何だろう。



小さい頃は
ピアニストになりたかった。

大学に入ったら
それはムリだと悟って
ピアノの先生になりたい、と
思った。

でもどっちも
叶わなかった。


バブルがはじけてから
ピアノ教師という仕事は
狭き門なのだ。






昨日から
盛り上がっていたキモチが
いっきに萎えてきた。



学生の頃、
勉強なんてやる気になれば
いつでもできる、と思ってた。


でも、
なかなかこの年になると
できるものじゃない。



甘かった。

先の読みの甘さが
“若さ”ってことなのだろう。




戻りたいな。
学生の頃に戻りたい。
なんでもできるような気がしてた
あの頃に。



でもそれは
不可能なこと。

考えれば考えるほど
むなしくなる。

時間って残酷だな。








なんだかやる気が出ないまま
ダラダラと仕事して
家に帰った。



玄関を開けると
父の靴があった。

“もういるのか”


小さくため息をつく。


「ただいま」

母が玄関まで出てきた。

「おかえり。
 お父さんもうお風呂入ったから
 彩も入っちゃう?
 それともごはん先?」


父のあとのお風呂って
なんかイヤなのは
私だけだろうか。

シャワーだけにしよう。


「ごはん、あとでいいや。
 シャワー浴びる」

「はいはい」




――ホントはゆっくり
お風呂入りたかったのに。